[5.世界]


気が付けば立っていた。

「あれ……?」

世界の様々な景色の写真を切り、統一性を持たずに貼り合わせたような景色がずっと向こう側まで広がっている。

「ここどこ?
あたし寝たはずなのに……」

あ! もしかして夢か。
頬を掴んでひねれば普通に痛くて、これが夢じゃないことに気づいた。

『おはよう。
それともこんばんは、か?』
「うわぁ!!」

ひっくり返るほど驚いた。
誰もいないと思っていたのに。
振り返れば、あたしがもう一人立っていた。

「ドッペルゲンガー?!!」
『ちげーよ』

もう一人のあたしが即答する。
その声は男の声だった。

『俺の名前は世界』
「“世界”?
それって芸名じゃないよね?」
『これが俺の名称だ。
ここを管理してる存在の、な。
俺に肉体は必要ないが、お前が来るから姿を借りさせてもらった』
「どうしてわざわざあたしを……」

気味悪いし落ち着かない。
鏡に映っている自分がいきなり喋り出す感覚だ。

『なんだ気に入らないのか?
じゃあお前が見ていて気分を害さない奴を指名しろ』
「気分を害さない……。
簡単に言えばあれだよね? 見てて癒される的な」

思い浮かべたのは狛村。
モフモフできたら最高の癒しになるはずだ。

『わかった』
「わかるの?!」

こいつ、心が読めるみたいだ。
世界に視線を戻せば、そこに立っていたのはドッペルゲンガーのあたしじゃなくて狛村だった。

「なるの早ッ!!!」
『ここはパラレルワールドの集束点だからな。
存在する人物なら、俺は誰にでもなれる』

パラレルワールドか。
前にTVでやってたような……。
確か、ある人が人生の分岐点のAを選んだ時、選ばれなかったハズのBを選んだ別の世界が存在する、ってヤツ。
でもちょっと待てよ。

「漫画のキャラがパラレルワールドに存在するの?」
『お前が知っている創作物も、全てパラレルワールドの部類に入る』
「え?」

コイツは一体なにを?
混乱するあたしをよそに、世界は話を続けた。

『お前が架空の物語だと信じているものは、全て実際に存在する。
まぁそれらは全部特殊だけどな』

それじゃあ、BLEACHも実際に存在してる世界ってこと?
架空の物語……ゲームや映画や漫画も全部?

『お前は考える前に人の話を聞け』
「……はい」

威圧感を放つ世界に、あたしは素直に頷いた。

『世界観が違うもの。
例えば魔法が存在する物語だが、あれは“神魂石”から生まれた世界だ』
「しんこんせき?
なにそのレアアイテムみたいなヤツ」
『分かってるじゃねェか。
“神魂石”は世界の源であり、人に宿ることで成長する。
成熟すればひとつの宇宙を生む、希有で神出鬼没なもの。
その存在を知るのは俺だけだ』

あたしは今ヤバイ機密情報を聞かされてる?
全然ピンとこない。
もしかしてあたし鈍い?
なんかゲームの設定聞かされてるような気分なんだよね。

『おい鈍感女』
「ひどい!」
『思い出せ。
突然、特殊な力を使えたりしなかったか?』
「……あ!」

言われてすぐに気づく。
心当たりがありすぎた。

『それも“神魂石”の力だ。
新しい世界の種は、今はお前の中に宿ってるんだ』

許容範囲を越えてしまった。
気持ちがまだ追いつかない。

「ふーん」

それだけしか言えなかった。
突然、金属のタライが頭を直撃した。

「いだーッ!!!!」

落ちた金属のタライは下に転がる前にフッと消える。

『ふざけた返答したら次はもっと大きくするからな』
「ふざけてないのに……!」

ツッコミ方がドリフを連想させる。
こいつ、一度やってみたかっただけなのでは?

『話を戻すぞ』
「ん」
『お前の中の“神魂石”は順調に成長していた。
だけどアクシデントがあってな。
そのせいでお前は別の世界に渡ったんだ』
「アクシデント? 何かあったっけ?」
『忘れたのか?
お前が最期に望んだこと』
「望んだ?
そんなこと────」

────あった。
今、思い出した。
刺されて、痛くて、誰もいなくて。
21巻を。
『少しだけでも続きを』って、あたしは。

「どうして、あたし……」

忘れていたんだろう。
自分が殺されたのを。

『最期に望んだことを“神魂石”が叶えたんだろう。宿主を生かすために。
だが、暴走する形で代償を払わなければならなくなったがな』
「暴走って……。
もしかして突然発作が起こったこと?」
『正解』

左の耳たぶが燃え上がったように熱くなる。
強く驚いて身体が硬直した。
熱いのがすぐ消える。一瞬の出来事だった。
恐る恐る、耳たぶを触って確認する。
何かぶら下がっているような……?

「なにこれ?
あたしに何したの?」
『付けさせてもらった。
それが暴走を防いでくれる。だから外すなよ』
「付けたの?!
やるなら先言ってよ!
耳たぶ熱すぎて寿命縮んだって!」

世界はあたしに何か恨みでもあるの?
容赦無いんだけど!

『別に恨みはない。
だが、お前の反応が面白くてな』
「この外道!」
『まぁ、前置きはこれぐらいにして』

あたしのペースを無視して世界は話題を変える。
なかなかの俺様だ。

『なぜ俺がお前をここに呼んだのか。
今からが本題だ』
「りょーかい」
『お前、虚とやり合った時に力を吸い取られなかったか?
その力が“神魂石”の欠片でな、それを手にした奴がいるんだ』
「それって誰?」
『物語を大きく動かした人物、浦原喜助だ』
「え?!
じゃあ、あの虚は浦原喜助が!?」
『力を吸い取った虚を造り出した奴……黒幕は別にいる』

黒幕って言ったら藍染だよね?

『このまま回収せずに放置すれば、欠片が物語と同化してしまう』
「同化したらどうなるの?」
『本体はいつまでも欠けたままだ。
欠けた部分を、本体はお前の魂を削って補おうとする。
それだけじゃない。
その世界に住む人間の魂や存在も吸収する。
最終的に世界そのものを呑み込むだろう』
「周りの人間の魂、世界そのものを……?
呑み込むって……」

背筋がゾッとした。

『それを阻止したい。
俺はここから動けないから、お前に回収を頼みたい』
「あたしが回収するの?
そんな、どうやって……」

すごい無茶を言われた。
責任重大で、果てしなく重荷に感じる。
あたしに出来るの? もし失敗したら……。

嫌な考えに沈んでいたら、何かが頭にゴスッと刺さった。

「いっだ!!!!!」

バサッと本が下に落ちる。

『プレゼントだ。
それ読んでやる気を出せ』
「ちゃんと渡しなさいよ!!」

BLEACHのコミックスだ。
拾い上げ、汚れはついていないけど表裏を手で優しく払う。
そして気づいた。

「にっ21巻だ!!」
『少しだけでも続きを、というお前の未練に“神魂石”は反応する。
それ読んで未練を少しでも晴らせ』
「あんたってめちゃくちゃ良いヤツじゃん!!
ありがとう世界!!!!」

あたしは単純な人間だ。
やる気が超湧き上がる。

読みたかった続きを読めることに、じわりと目頭が熱くなった。
手の甲でグイッと拭い、21巻を開く。
周りが全て薄れ、自分の意識が全て本に向いた。
179話────白哉の過去、五十年前の話だ。
白哉が明かす緋真さんの存在。
ルキアに手を握ってもらい、優しく微笑む白哉。
『済まぬ』って謝って……

「……え!? 死んだの!?
これって死んじゃった!?」

遺言伝えて亡くなったみたいじゃないか!
と思って次のページ開いたら、勇音が『かまぼこ』っ言ってる。
これは白哉無事だなぁ、と安堵した。
その後、卯ノ花さんと勇音の穏やかな会話を読む。
『もう大丈夫でしょう』って言ってる。良かった。
21巻をパタンと閉じた。

『もういいのか?』
「うん。先にやるべきことをやらなきゃ。
回収に行くよ。
あたしが動かなかったら大変なことになるんでしょ?」
『そう思ってもらえるなら助かる。
まず一番に行ってもらいたいところがあるんだが、その前にこれだ』

目の前でまばゆい輝きが生じ、ゆっくりと集束していく。
輝きが消えれば、携帯が宙に浮いていた。

「これは?」
『欠片を追うための端末。
あと、何かあった時に連絡するための通信機だ』

ふわふわと携帯が近づいてくる。
持ってくれと言わんばかりにグイグイきた。
手の平を差し出せば、糸が切れたようにポトリと落ちる。
壊したら大変だ。両手で持ち直す。

ほんの少し、かすかに。
小さな声が聞こえた。

「え?」
「……どうした」
「今、なんか……」

耳を澄ます。
世界じゃない誰かが何か言っている。

「聞こえるの……。
誰か分からないけど、声が……聞こえる……」

かすかな声に意識を向ける。
遠くに手を伸ばす気持ちで。

たすけて────と、声がハッキリ聞こえた。

『やっぱり“神魂石”を宿しているだけあるな。
未熟な魂でも感じ取れるようだ』

世界はフッと笑った。

『今から過去に行ってもらう。
お前が聞いた声の主は、欠片の影響を受けてしまった人物だ。
お前が動かなければ消滅する。物語に登場しないまま。
名を日番谷冬獅郎』
「ホントに?!」
『今からその場所に送る。
目を閉じろ』

言われるまま、まぶたを閉じる。

「あたしは何をすればいいの?」
『行けば分かる。
お前なら見抜けるはずだ』

目を閉じていても分かる。
世界が遠ざかり、別の場所に送られた感覚がした。

まぶたを開ければ、景色が全然違っていた。
現代じゃない。テレビでしか見れない昭和の町並み。

「ここは……?」

明らかに現世だよね?
もしかして冬獅郎が生前住んでいた町かもしれない。

「どこにいるんだろ……」

周りを見ても、似たような家がずーっと続いているだけだ。
行けば分かる? 分からないんだけど!

「なんか指令がアバウトなんだよね。
行ったら分かる、なんて……」

困り果てていた時、ふと、空を見上げれば。
宙であぐらをかいて新聞を広げている奴がいた。
全身黒づくめ……死神だ。

「すいませーん!!」

死神のオッサンはチラッとあたしを見下ろしただけで、また新聞に視線を戻す。
無視かよ!

「す・い・ま・せーーん!!!」

お腹から声を出して呼んだけど、オッサンは無視するだけだ。
イラッとした。
無視するならこっちから行ってやる。

イメージするのは一瞬であのオッサンのところに移動する自分。
頭に浮かんだのは『瞬歩』という文字だった。
オッサンのところに瞬間移動する。
分かった、あの頭に浮かぶ文字の意味。
死神の技なんだ。
本当に“神魂石”って何でも有りみたい。
生身で宙に立つこともできるなんて。

「人が声かけてるのになんで無視するの?」
「てめェどこのヤツだ?
いいか、俺は今仕事中なんだよ。空気読めよ」
「はぁ? 仕事中?!」
「見て分からねぇか?
俺ぁ、ここの担当してんだよ。
仕事の邪魔すんなよあっち行けや」

仕事中?
パトロールにも行かないで新聞読んでることが?
ルキアみたいに プラスを魂葬したり、虚を倒さないの?

「あんたこの町を担当してる死神でしょ?!
なんでこんな所でのんびりしてるのよ!!」
「チッ、うるせぇガキだな。
俺の仕事にケチつけんじゃねぇよ。
適度にやってりゃそれで良いんだよ」

開いた口が塞がらない。
このクズ野郎一回殴ってやろうか、と思ったけど、そんなことをしても意味がない。
それで改心するわけがない。
上層部はどうなってるの? こんなヤツに現世を任せるなんて。
やる時はちゃんと仕事する男に見えないんだけど。
虚が現れたらどうするんだ……と思った時、背筋を物凄い悪寒が駆け上がる。

「これ、は……虚!?」

地上に嫌な気配を感じた。
どこにいるか探れば、瞬時に場所を把握する。
数は一体。でも大きい。
肌がビリビリ震える。
感じる霊圧が尋常じゃない。

「ちょっと! これ普通の虚じゃないって!!」
「うるせーなぁ」

ダルそうだ。
緊急事態のはずなのに男は動かない。
何やってるんだコイツ!!

「行かないの!?
早く倒しに行かないと誰かが殺されるよ!!!」

オッサンは面倒くさそうな仕草で、首にかけたボタンを押した。

「尸魂界へ救援要請。
こちらは白杉野担当・藤代だ。
現世定点562番、南西1092点にて強大な虚の襲撃を受けている。
ただちに救援を求める。以上」

緊張感が無い声だ。しかも棒読み。
またボタンを押し、オッサンは大きなあくびをする。

「ちょっと!!
助けを呼んだだけで、あんたは何もしないの?!」
「うるせぇ。
助けたいなら勝手に行けや。
まぁ、お前に助けられる力があるならな」

馬鹿にするような下品な笑みにカチンときて、気づけばオッサンをぶん殴っていた。

「あんたみたいなのがいるから虚のせいで泣く子供がいるんだよ!!」

オッサンは吹っ飛んだ。
そのまま放置し、あたしはすぐに虚のいる場所に飛んだ。

虚が放つ霊圧に全身が震える。
巨大な蛇だ。竜にも見えた。
行ってみたけど近づけない。
どんなに念じても刀を出せなかったから。
こんな状態でどう戦えば……。

行けば分かる。お前なら見抜けるはずだ、か。
なにが行けば分かるよ。
曖昧すぎるんだよ!
虚をこのまま放置なんてできない。

「……そうだ!
身動きを封じればいいじゃん!!」

テッサイが一護に使用した動きを封じる鬼道。あれを使おう。
時間を稼いで、死神の救援を待てばいいんだ。
やるべきことが分かり、あたしは虚の前に出た。 
あたしに気づいた虚は空気を裂くような咆哮を上げる。
恐ろしさで心臓がギュッと縮み、逃げたくなった。
でも逃げない。目の前の虚を睨んだ。
そして違和感に気づいた。

「……え?」

虚の眼孔が、霊圧が、なんか違う。
今までの虚と同じじゃない。

生まれたわずかな隙を、虚は突いてきた。
太い尾を鞭のようにしならせ、あたしを地面に叩きつける。

「ぐ!! がぁ!!」

息する間もなく、身体を尾で締め上げられた。
地上から離される。虚の顔がどんどん近づく。

「あ……う、うぅ……!!」

全身からミシミシと嫌な音が聞こえてきた。
息ができない。痛い。
攻撃する鬼道がイメージ出来ない。
わずかに開いた瞳で虚を見る。
表面じゃなくて、もっと奥を視た。
虚の内側、奥底に、黒い渦のような魂魄がある。
でもそれだけじゃない。
ほんの少し、わずかに、白い気配が存在していた。
もっとよく視る。目を凝らす。

「あん、た、は……」

気づいた。
『お前なら見抜けるはずだ』の言葉の意味を。

「とう、し、ろう……?」

半信半疑のまま呟けば、白い気配が膨らんだ。
自分を取り戻したように大きくなっていく。
虚がもう一度咆哮する。
ビリビリビリッ!と身体を震わせるけど、もう怖くない。
たすけて、って言ってるから。

「破道の九十九、禁!!!」

叫んだと同時に、発動した鬼道が虚を拘束する。
締め上げから解放され、息苦しさで咳き込みながら酸素を取り込んだ。
虚に視線を戻す。
待ってて。今助けるから。

「お願い。
あたしの中にいるんでしょう?」

世界の言葉が本当なら“神魂石”は今もあたしの心にある。

「ここにいるなら力を貸して!
あたし、この子を助けたいの!!」

途端、心臓が大きく鼓動し、胸の奥が燃え上がったように熱くなる。
唇を噛んで、ここにいることを強く意識していないと気を失ってしまいそうだ。
手のひらに力が集まってくるのを感じる。
周辺の空気は軋み、凍りついたように硬直して、全ての音が消える。
身体が悲鳴を上げた。それでも続ける。
イメージするのは、黒い気配だけを粉砕する絶対の力。
手のひらに集束する力をそのまま虚にぶつけた。
身体が楽になると同時に、巨大な虚が粉々に砕け散る。ガラス細工のようだった。
周辺の空気が戻り、穏やかになる。

きらきらした破片が全て消え去り、現れたのは
銀髪の子供────冬獅郎だ。
立っているけど意識が無くて、ガクンと倒れそうになったのを慌てて支える。
ドッと疲れた。
安心感で胸がいっぱいになる。

「頑張ったね」

肩の力を抜いた時、首筋に刃先を当てられた。
血の気が引く。
後ろにいる誰かの存在に、あたしは今やっと気づいた。

「動かないように」

男の声だ。
首筋に当てられた刃先は長い。刀?
ってことは死神か。

「キミの名を教えてもらおう。
ここで一体何をしていたんだい?」

刃先を当てたままの質問はあたしを苛立たせた。

「あたしはこの子を助けに来ただけ。
やらなきゃいけないことを放棄したここの死神の代わりに。
敵だと思うなら斬れば?」

話していたらもっと腹が立ってきた。

「すまなかった」

え?と戸惑っている間に、男はすぐに刀をしまった。
誠意のある謝罪に心が追いつかない。

「許してほしい。
刃を向けたこと、すぐ救援に向かわなかったこと、不甲斐ない男にここの地区を担当させたことを」

振り返れば、浮竹が頭を下げていた。
お前かよ!!
目が飛び出しそうなほど驚いた。
開いた口が塞がらない。
浮竹は顔を上げ、さらに続けた。

「俺の名前は浮竹十四郎。
十三番隊の隊長をつとめている。
救援要請を受けたんだが、キミの発した霊圧が異常だったから俺が赴くことになったんだ。
本当にすまなかった。
キミの行動を終始見させてもらっていたよ」

それって最初から?
救援を待っていたのに、この人は助けようとしないで、ただ観察していたんだ。
怒りが湧き上がり、涙として溢れそうになる。

「殴っていいですか?」

浮竹は表情を変えずに目を閉じた。

「構わない。
キミの気が済むまで殴ってくれ」

本気で受け入れるつもりなんだろう。
浮竹は歯をくいしばるように唇を結んだ。
そんな姿を見たら、怒りの気持ちがしぼんでいく。

「……ごめんなさい。
やっぱ止めときます」

怒りで我を忘れそうだった。

浮竹の判断は間違っていない。
死神でもない正体不明の高校生が虚の相手をしているんだから。
全てはあのオッサンが悪い。
ルキアみたいにちゃんと死神してなかったせいだ。

「あの藤代ってオッサンはどこに?」
「拘束しているよ。
職務怠慢の責任をとってもらわないといけないからね。
もちろん、ここの地区は別の死神が担当する。
信頼できる者が数時間後には到着するはずだ」

それなら安心だ。
やらなきゃいけない仕事をサボる死神は今後現れないだろう。

「その子はこちらで保護するよ」
「ありがとうございます」

支えていた冬獅郎を浮竹がひょいっと抱き上げる。

「キミが俺の敵じゃないことは理解した。
だけど、どうしても不可解なことがあってね」

優しい微笑みから一変、顔つきが厳しくなる。
十三番隊隊長としての表情だ。

「虚は昇華するしか方法がない。
でもキミは虚と化した魂魄を整に転身させた。
そんなことはまず不可能なんだ。
それに空間に干渉するほどの霊圧を放っていた。
……キミは何者なんだい?」

どう答えていいか分からなくて言葉に詰まる。
これ、言っていいのかな?
迷っていたら、ポケットの携帯がピピピと鳴った。
反射的に手に取り、浮竹を一瞥する。

「すみません。
ちょっと待っててください」

浮竹が頷いて了承した。
それを見てから電話に出る。

『逃げろ』

いきなり言われた。
あいさつも前置きも無しだ。
あたしのペースに全然合わせてくれない。
世界らしいなぁ。

「いいの?」
『絶対に話すなよ。
“神魂石”やお前の力のことは他言無用だ。
その男の周辺を邪魔な虫が飛んでいる。
探られるとマズイ。
元の場所に戻してやるから逃げながら時間を稼げ』

ブツッ、と通話が終わる。
言うだけ言って一方的に切りやがった。
さすが俺様。
何分ぐらい時間を稼げばいいか教えてくれたらいいのに。

携帯を耳に当てたまま、チラッと確認する。
視線がぶつかれば、浮竹は友好的な微笑みを向けてきた。
申し訳ない気持ちで苦しいけど……今は電話してるフリしないと。

「だから言ってるじゃないですか。
あたし、ひどいことなんてされてないですって」

意識を集中すれば、確かに浮竹の周りに小さな霊力を感じる。
『BLEACH』の何巻か忘れたけど、監視カメラ機能付きのハエを思い出した。

「敵じゃないって言ってくれたんです。
だから大丈夫ですよ」

救援に来た死神は他に五人。
誰がどこにいるかも瞬時に把握できた。
逃げるのに最適な方角を確認し、あたしは携帯をポケットにしまう。

「連絡はもういいのかい?」
「あたし、浮竹さんなら話してもいいと思いました。
でもごめんなさい。
別の場所で誰かがあたしのこと見てる以上、話すことは何もありません」

イメージする。
監視のハエの破壊と、浮竹と五人の死神の足止めと、逃げる為の長距離瞬間移動。
頭に複数の文字が浮かんだと同時に、イメージしたこと全てが発動した。
景色が変わり、浮竹の気配が遠く離れた。
でも油断できない。
死神達が追いつけないよう、妨害と逃走をイメージ・発動しながら瞬間移動を繰り返す。
時には屋根の上、電柱を飛び越えたり、道路を横切ったり。
追いつけない所まで離れ、少し安心する。
世界が戻してくれるまでこのまま逃げようと思っていたら、はるか上空から新たな死神の気配を感じた。
弾丸のように接近してくる。
まばたきする前に、視界の端に見覚えのある女物の羽織りが見えた。

「お嬢さん。
鬼ごっこはおしまいにしようか」

聞こえた声に、もうダメだと思って────

「あれっ……?」

────まばたきをひとつ、あたしは世界のいる空間に戻っていた。
悪い夢から覚めた感じでポカンとする。

『よく逃げたな』

その言葉で、時間稼ぎが終わったことを思い出す。
疲れがドッと押し寄せてきた。

「世界……ありがとう……。
捕まるって本気で思った……」

まさか京楽まで救援に来てたなんて。
あたしに感知されないように気配を消していたのかな。

「世界、次はどこに行くの?」
『欠片を手にした奴……浦原喜助のいるところだ。
お前が知る年代から110年前になるが』
「そんなに?!」

そういえば、浦原って100年前は隊長だったよね。
それならあたしが次に行く場所は瀞霊廷か。

『お前がそばに行けば、欠片は自然と戻るはずだ』
「戻った時に何か変化はある?」
『お前の耳にあるイヤリングが輝くはずだ。
もしかしたら欠片が本体と反発するかもしれない。
暴走しないようにイヤリングを補強しておくぞ』

耳たぶがまた熱くなる。
触ったけど、イヤリングの形状は変わらない。

『藍染には絶対に近づくな』
「言われなくても分かってるよ」

頼まれてもお断りだ。
藍染とご対面なんて、想像するだけで恐ろしくなる。

『“神魂石”の存在に気づく可能性が一番高いのが奴だ。気をつけろよ。
念のためだ、誰でもいいから味方をつくって共に行動しろ。
そうすればお前も安心して回収できるだろう』
「味方?」

110年前だよね。
あたしの知ってるキャラは瀞霊廷にほとんどいないんじゃないの?

『よし、向こうに転送するぞ』
「ちょっと待って!
味方になりそうな人を先に考えておきたいんだけど────」
『いいからさっさと行け』

まるで深い穴に蹴り落とされたように、あたしの意識は暗転した。
 







 
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