[3.流魂街]

   
起きたら、知らない物置にいた。

「ここ……どこ?」

周りには誰もいない。
状況を把握しようと身体を起こせば、誰かの話し声が外から聞こえてきた。

「まぁ取りあえず、あの女が目覚めるまで待とうじゃねェか」

出入口は扉の代わりにワラで出来たカーテンがかけられていて、それを少しずらして外の様子を見る。
子供がいた。
太っちょの子、小さな子、髪長い子、女の子、髪の赤い男の子────髪が赤い?!

バッと外へ飛び出していた。
一斉に振り向いた子供達は、驚きで目を丸くさせている。
予想通り、赤い髪の男の子は恋次だった。

「ねぇっ!
キミが恋次であなたがルキア?!」
「なっ!?
お前、どうして俺らの名前……!」
「やっぱり!
すごい! まさか二人に会えるなんて!!」

幼い二人は思った以上に可愛いらしい。
心の中が嬉しさでいっぱいになったけど、それも一瞬だった。

……そういえば。
どうしてあたしは幼い頃のルキア達のいるソウル・ソサエティに?
年代を飛び越えていることに戸惑った。

次に雨竜を思い出して胸が苦しくなる。

「お主……何かあったのか?」

心配させてしまったのか、ルキアが声をかけてくれた。

「何かあったっていうか、死んじゃったんだなー……って思って。
あたし、キミ達と同じ年の男の子ひとり残してこっち来ちゃったんだ」

それは一番したくなかったことだ。
もし雨竜が自分を責めたらどうしよう。
それが一番気がかかりだった。

「お主、行くところがないならここにいるか?」
「はぁ?!!」

あたしよりも先に恋次が叫んでいた。

「なに言ってんだルキア!!
こいつ、俺らの名前知ってたんだぞ?!
それなのにここにいろって?
俺はお断りだぜこんなワケ分かんない奴!!」

ビシィッ!と恋次はあたしを指差してくる。
うわぁ……本人いるのに思ったこと言えるなんて。
本音を隠さず言えることを素直にすごいと思った。

「で、でも……。
このお姉さんのおかげで僕達助かったと思うんだけど……」

小さい子が恐る恐る恋次に言う。
あたし何かした? ワケが分からなくて首を傾げる。

「あたしのおかげ?」
「あぁ。私達は追いかけられていてな。
捕まった時、お主が奴らの上に落ちて事なきを得たんだ」
「捕まった時……」

それってもしかして、ここの住人から水をとって追いかけられた時?

「でもあれはコイツが意図してやったわけじゃねーだろっ」
「だけど私達が助かったのは事実だ。
ここは多数決でいこう。
仲間入りに賛成のやつは手を上げろ」

タイミングはバラバラなものの、恋次以外の子供達が手を上げた。
恋次は表情を不満そうに歪め、大きな舌打ちをしてその場を離れた。

「れ、恋次どこに行くの?」
「水とりに行くんだよッ!!」

大声で怒鳴られてビクッとする。
嫌われちゃったなぁ……。
苦笑している間に恋次の姿は見えなくなった。

「恋次のことはまぁよしとして」
「いいの?」
「あぁ、私の時もそうだった。
まずはお主の名前を教えてほしい。
それと、なぜ私の名を知っていたのかも」

ルキアの瞳に疑いの色は無いけど、理由を求める強い眼差しをしていた。
うっかり名前を言ってしまったのは迂闊だったな。

「あたしは七嵐春瀬。
あなたの名前を知っていたのは……」

『BLEACH』のことは言わないほうが正解だろう。
自分のことが漫画に書かれていて、それをたくさんの人が知ってたら誰だって気味悪いし。

「……あたし、不思議な力があるんだ」

子供達は驚きに目を丸くさせた。
よし、食いついてきた。

確実な証拠を見せたくて、頭に刀を思い描く。
出てきてほしいな、雨竜のところで現れたように。
まぶたを閉じて刀を思い描いていた時、力強い波動を感じた。
子供達が歓声を上がる。
まぶたを開ければ、すぐ目の前に抜き身の刀が刺さっていた。

「すごいすごい!
今パッて現れた!!」
「お姉さん死神なの?!」
「他にもなんかできる?!」

子供達のテンションがすごい。
熱い眼差しはキラキラ輝いていた。
ルキアもピョンピョン跳ねている(可愛い!)

「わ、私もお主と同じことができるのか?!」

興奮した様子で、ルキアは手のひらを差し出した。
力が集まるのを肌で感じた時、そこに鬼道のようなものが現れる。

「同じこと……は厳しいけど、ルキアは死神になれるよ。
頑張ったらだけどね」
「「「ルキアすげーッ!!!」」」

すごい、みんなハモった。
ルキアは照れくさそうにはにかんだ。

「そうだ。
みんなの名前聞いていい?」

全員笑顔で頷いてくれた。

太っちょがワタル。
髪で目が隠れているのがシゲ。
小さいのがタツ。
名前を教えてくれて安心した。

空が夜の色に染まっていく。
恋次が遅いけど、帰りはいつもこれぐらいの時間だ、とルキアが話してくれた。
ワタル達は早々に眠る体勢に入る。
その時、水の袋を両手に持った恋次が戻ってきた。

「恋次! お主足を怪我しているではないか!」

確かにその通りで、恋次の足には血がにじむ生傷があった。
見ていてこっちが辛くなるぐらい痛々しい。
恋次は気にする様子もなく、水の袋を部屋のすみに置いた。

「ちょっと転んだだけだよ」

ぶっきらぼうに言い、恋次はゴロンと横になった。
『ちょっと』と表現するには酷すぎる傷だと思うんだけど。

「恋次、追いかけられたりしてないよね?」
「うるせェ。
そんなヘマしねーよ」

冷たく切り捨てるように言い、恋次はそれ以上何も話さなかった。
否定はしたけど、本当かどうかは分からない。

どうにかならないだろうか。
子供が、水や食料を手に入れるために危険な目にあわなきゃいけないなんて……。


□■□■□■


ふ、と目が覚めた。
暗い闇。
けど、月が出ているおかげで周りをわずかに確認できた。
どれくらい時間が経ったんだろう?
身体を起こせば、壁に寄りかかるように誰かがいた────と思ったけど、よく見れば恋次だった。

「寝れないの?」
「別に」

恋次の返事は冷たい。
『お前と話すことはない』って言われているように思えてしまう。
あたしを不審に思って見張っているのかも……。

「信じなくていいよ」
「いきなり何言ってんだ?」

さすがの恋次も驚いた。
戸惑いが伝わってくる。

「信じなくていい、って言ってるの。
だってあたし、明らか怪しいじゃん。
だから信じられないなら信じなくていい。
これから見てて、あたしのこと」

明日から頑張ろう。
変だあたし。
勝負を持ちかけられたようにワクワクしている。
スクッと立ち上がれば、恋次は怪訝そうに目を細めた。

「外で月見ながら寝るね。
ここでは寝ないから安心して」
「お前」
「おやすみなさい」

満面の笑みであいさつして外に出る。
風が気持ち良いし寒くもない。
寝やすい場所を何とか探して横になった。
ごろん、ごろんと寝返りを打つ。
眠れるかな?と思ったけど寝落ちした。

日の出と共に起床する。
やる気に満ち溢れていて最高の目覚めだ。
こんな清々しい気持ちで朝を迎えたのは初めてだった。
ラジオ体操でもやろうかなぁ、と立ち上がり、大きく伸びをする。
深呼吸すれば、寝不足顔の恋次がのそのそ出てきた。
ずっと起きてたの!?
驚きを隠し、笑顔を向けた。

「おはよっ」

恋次はブスッとした顔で沈黙する。

「出かけてくるね。
安心して。夕方まで戻らないから」

言い残して出発した。
さて、どこに行こうか。

あたしの目的は食料や水を確保できる場所を見つけること。
恋次達が盗む水は、元々誰かがゲットしたものだ。
その誰かはどこで水を入手しているんだろう?
それが分かれば話は早いんだけど。

「やっぱり子供に危ないことはさせたくないし」

まずはヤバい相手と関わらないようにする。
水が湧いている場所・常に確保できる場所さえあれば盗むこともない。
その場所はあたしが見つけてみせる。

「……とるの止めろ、なんて無責任に言えないしね」

でもどうしよう。
闇雲に探すよりも、ありそうな場所をしぼっていったほうがいいかな?
考えるよりも周りを探索する。
恋次達が行ってない場所を探していこう。
木に印を入れながら奥へ奥へと進んだ。


□■□■□■


同じ景色ばかり続き、感覚がマヒする。
どれくらい歩いただろう?
歌を口ずさみながら進んでいるから大体の時間は分かる。
多分30分以上は歩いているはずだ。

草木をかき分ける。すぐ目の前にボロボロの服を着た男が立っていた。
頭を揺らしながら振り返る姿にゾッとする。
目はうつろで、何かブツブツ言っていた。
血で錆びた刀を握っている。
こっちに歩いてきて、ゾワッと寒気がして、ヤバイ感じがしてすぐ逃げた。
背後でガササッと音がする。
あたしに狙いを定めた目で追いかけてきた!

「ヒッ!!」

あたしは駆ける足をもっと速めた。
前へ前へと木々をかき分け、必死に逃げる。
どこを走っているか分からない。
逃げることで精一杯だった。
急な斜面がある山道に出て、驚いて足を滑らした。
身体が宙に投げ出される。
斜面を転がりながら落ちていき、木にドン!とぶつかってやっと止まる。
背中がまるで殴られたように痛かった。
ごろん、と仰向けになる。
男が追いかけてくる気配は……探ったけど無い。
一瞬の出来事だった。

「たす……かった……!!」

溜め込んでいた息を吐き、荒い呼吸を繰り返す。
口の中は血の味がした。
起き上がれば全身がズキズキと痛む。

「最悪……」

木を支えにして立ち上がる。
ここ、恋次達の家からどれくらい離れているんだろう?

まぶたを閉じ、イメージするのは自分を中心にした黒い世界。
昨日、ルキアが自分の力を見せてくれたから、その時の霊圧を思い出す。
だんだん範囲を広げるように意識すれば、ルキアの霊気が白い点となって現れた。
点の大きさは霊力の高さかな?
今あたしが顔を向けているのが北として、ルキア達がいるのは多分東北。
距離は不明。残念なナビだ。

「いやいや、方角分かっただけでもまだいいよ」

息を思いきり吸い込み、長く長く吐く。
帰ろう、恋次達のところに。

「よし、頑張れあたし!」

目指す方角が分かったおかげで、帰りはあっという間に感じた。
危険人物にも会わなかった。
家に入ればみんないて、ルキアがすぐ駆け寄ってくる。

「春瀬!
何があったんだ?! ひどい怪我ではないか!」
「大丈夫だよ。
足滑らして転んだだけだから」

家の中を全部見て、全員がいるのを確認する。
よかった。恋次も在宅だ。

「みんなに話したいことがあるの」

傷の具合を心配そうに見ていたルキアはあたしから真剣さを感じ取り、唇を結んで頷いた。
他のみんなも視線を向けてくれる。

「今日、あたしも追いかけられたんだ。
刀持ったオッサンに。
あたし、キミ達より年上だけど、追いかけられてすごく怖かった。
殺されるかと思った」

水を求めれば追いかけられる。
殺されるかもしれない危険と隣り合わせだなんて、考えるだけでゾッとする。

「だからみんなにお願いしたい。
他の誰かから水を盗むのはもう止めよう」
「盗みをするな……だと?」

刺すように睨んで来たのは恋次だ。
怒りで声が低い。

「これがここのやり方なんだ。
来たばっかのヤツがごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!!」
「来たばっかのヤツでもここが危ないって分かるよ。
追いかけられるようなことを、これからもずっと続けていくの?
いつも逃げきれるわけじゃないんだよ。何が起こるか分からないんだから。
どうして『盗む』っていう選択肢しかないの。
世界は広いのに」

恋次の鋭い睨みから目をそらさない。

「大人に立ち向かえる力があるならそれでもいいよ。
だけど今の恋次にはあるの? ここにいるみんなを守ることができる力が!」

あたしは恋次の逆鱗に触れた。
激怒に表情を歪めた恋次が一気に距離を詰めてくる。

「止めないか恋次!!」

間に割って入るルキアに恋次は足を止め、冷静さを取り戻す。
小さく舌打ちして外へ飛び出していった。
男の子三人もすぐに動く。

「ごめんお姉さん!」
「恋次のところ行ってくるっ」
「行ってくるね!」

三人とも外へ出て、室内がシンと静かになる。

「春瀬……」
「恋次にはキツイかもしれないけど……。
でも本当に、何かあってからじゃあダメなんだ」

奥まで進み、壁を背にしゃがみ込む。
足も腕も、見えるところは全て傷だらけだ。
一回追いかけられるだけでこんなに負傷するなんて……。
このままだと、あの子達もあたしみたいに傷ついてしまう。
この傷があの子達の傷になっていたかもしれないんだ。

「確かに私達は……。
『盗むしかない』と、それだけしかないと思っていた。
ここが私達の世界なんだと……そう思い込んでいた。
世界は広い、か」

ルキアは晴れやかに微笑んだ。

「私も恋次のところに行ってくる」

心配だったんだろうなぁ。
ルキアは走って外に出る。
ふと、嫌な胸騒ぎがした。

「まさか……」

恋次達、追いかけられたりしてないよね?
あたしも慌てて後を走る。

ルキアにはすぐ追いついた。
恋次達を一緒に探せば、すぐに見つけることができた。
やっぱりあたしの胸騒ぎは当たっていた。
普段から悪いことしてます的な顔の男三人に捕まっていて、状況は最悪だった。

木のかげに隠れて様子を見る。
恋次とタツが殴られ、シゲとワタルは気を失って倒れている。
怒りで目の奥がカッと熱くなる。
飛び出したくなる気持ちを、木の幹にしがみついて必死に耐えた。

「あの男達は…!
昨日、私達が水を盗んだ相手だ」
「復讐ってことね」

子供相手でも容赦ない理由が分かった。

「今からあたしが奴らの気を引く。
ルキアはここにいて」
「春瀬が?
だが相手は大の男が三人いるのだぞ?」
「大丈夫。
今、何でもできる気がするの」

負ける気がしない、絶対の自信があった。
心に燃え上がる炎が宿っているみたい。

奴らの足場を凝視し、吹き飛ぶ姿をイメージする。
脳裏に『十五』という文字が浮かんだ。

あたしを起点に波動が広がるのを肌で感じた瞬間、奴らは驚くぐらいにぶっ飛んだ。
木々を軽々越え、空へ。
すごい! ホームラン!!

「みんなッ!!」

ルキアが先に動き、倒れそうになったタツをすかさず支えた。
あたしも動き、恋次を抱きしめる形で支える。
殴られて顔が腫れた恋次は、何が起こったのか理解できなくてキョトンとしていた。

「もう大丈夫だよ。
頑張ったね」

服をぎゅっと掴んでくる恋次の手は震えていて、気持ちが痛いほど伝わってくる。
助けることができて良かった。

一人ひとり、背負って急いで家に帰る。
ゆっくりと横に寝かせ、息を吐いた。

「いたい……。
いたいよぉ……」

涙ぐむワタルの呻きに、聞いてるこっちが泣きそうになる。
傷についた土を洗いたいけど、そのための水すらここにはない。

「ルキア、ここに薬は?」

ダメ元で確認すれば、予想通りルキアは首を振った。

「春瀬はどうだ?
不思議な力があるのだろう?」
「……ごめん。
あたしも、自分が何をできるか把握してないんだ」

治る姿をイメージして強く念じてみる。
それでも状況は変わらない。
どうしてもっと早く追いかけなかったんだろう。
ここが危ないことは身を持って知っていたのに……!

……ダメだ、このままじゃあ。
両手を広げ、今出せる全力で頬を叩く。
頬が震えてジンジン痛み、頭もグラグラした。
ルキアはあたしの行動に困惑している。

「春瀬?
一体何を……?」
「嫌なこと考える頭をリセットしたの」

今の自分にできることは……

「あたし、薬と水を探してくる」

ここに薬がないなら、薬がある場所を探せばいい。
確か、流魂街には1から80の地区があるんだよね。
数字が小さくなればなるほど治安がよくなっていくから、ひとケタの地区なら薬を分けてもらえるかもしれない。

「春瀬、気をつけろよ。
けして無理はするな」
「ありがとう、ルキア。
みんなをお願い」

空の水袋を両手に外へ出る。
一度つけた木の目印を確認し、それを辿って進んでいく。
周辺の気配を探り、誰もいなくてホッとする。
追いかけられる心配がないおかげで、自分のことを考える余裕ができた。

「……あたしにできることって何だろう」

刀を出せる。
虚や相手の居場所を関知できる。
イメージした攻撃がそのまま実行される。

「確か頭の中に『十五』って出たよね?」

なんの意味があるんだろう?
カウントダウン的なヤツだろうか? それにしては攻撃がすぐだったし。
消費霊力かな? まるでRPGだ。
残り使用回数だったらどうしよう。 使う度に減っていくのかも……。

できることはそれで全部だ。
考えに一区切りつけ、あたしは景色を確認したり、歌を小さく口ずさみながら進んだ。


□■□■□■


木に刻む目印の数が分からなくなってきた。
木々の連なりを抜け、小さな空間が広がった。
平屋が一軒、ポツンと建っている。
廃墟じゃなくて、今も人が住んでいそうだ。
ここがどこの地区か把握できる手がかりが見つかり、ホッと胸を撫で下ろす。

「誰が住んでるんだろう?
けっこう立派な造りだなぁ」

水袋を左手に持ち、戸を叩く。
けど、返事はなく物音もしない。
もう一度やってみる。
それでも誰かが出てくる気配はなかった。

「うわー。
留守か、ついてない……」
「ボクに何か用?」

すぐ後ろで声が聞こえてドキィッ!!とした。
いつの間に背後に!?
バッと振り返れば、勢いがありすぎて家の壁に頭をガンッとぶつけた。

ギンだ。
幼いギンがあたしを見上げている。
ぶつけた頭は全然痛くない。
インパクトが強すぎた。

幼いギンは大人のギンと同じ表情だ。
目を細めて微笑む顔は何考えているか読み取れない。
なんでギンがここにいるの!!!?

「お姉さん、どうしたん?
ボクに用があって来たんやろ?」

ギンは細めていた目をわずかに開いて、近づいてくる。
緊張して腰が抜けた。ぺたんと尻もちをつく。
何考えてるか分からない瞳は子供とは思えなくてゾッとする。
ギンが手を伸ばしてきた。

「わッ!!」

その手を思わず払いのけてしまう。
ギンはすぐに後ずさった。

「……ごめんなさい。
お姉さん、顔色悪いから……」

謝った声は悲しそうだ。
ギンの顔から笑みが消え、寂しそうな表情は今にも泣きそうだ。
何やってるんだあたしは。
この子はまだ小さくて、漫画に出てくる『ギン』じゃない。
『ギン』だと思い込んだあたしは、小さいこの子を傷つけてしまった。

「お姉さん驚いちゃったの。
ひどいことしてごめん」
「ううん。
驚かせてしまったボクが悪いねん。
ボクはギン。
お姉さんは?」
「あたしは七嵐春瀬だよ」

沈んだ表情をしていたギンは、あたしの名を聞くなり笑顔を見せた。

「春瀬……。
不思議な響きやなぁ」

ギンの嬉しそうな笑顔に嘘は無い。
やっぱり子供はみんな純粋でかわいい!

ゆっくり立ち上がり、汚れたところを軽く払う。

「春瀬はどうしてここに?」
「傷薬と水を探してるんだ。
ギンはどこにあるか知ってる?」

ギンの目線が下がる。
あたしの腕、足を一瞥して答えた。

「足も腕も……傷だらけやね。
春瀬が使うん?」
「ううん、あたしじゃないの。
もっとひどい傷の子が四人いてね」
「春瀬は使わないん?
すごい痛そうやけど」
「あたしは平気。
むしろ自分の分は使わず残しておくかな。
その子達に何かあった時に使いたいし」
「お姉さん、ヘンやね。
普通、自分が使うもんやと思うけど」
「ヘンじゃないよ。
ギンにはない? 大事な人のために残しておきたい、って気持ち」

ギンは首を横に振った。

「大事な人のことは家族言うんやろ?
ボクそういうのいないから分からない」
「んー。
家族だけじゃないと思うよ。
『この人を守りたい』とか『この人と一緒にいたい』って思えるのが大事な人だよ」

ギンは黙り、視線を地面に落とした。
なにかあたし、悪いこと言ったかな?
顔を上げたギンは真剣な表情をしていた。

「ボク、傷薬と水持ってるよ」
「えっ?!」
「取ってくるから待ってて」

家ギンは家の中に入り、そしてすぐに戻って来る。
紙の小袋と白い水袋を手に持って。

「こっちの薬、ふたつまみで五回分。
全部持ってって」
「ダメだよ全部なんて!
ギンの分が無くなっちゃう」
「ボクはいいん。
春瀬に使ってほしい。
見てて痛そうやから」

ギンの眼差しは力強い。
年下だけど押し負けそうだ。
でも全部はもらえない。そんな気持ちはカケラもない。
だってギンが怪我した時どうするの?
よし、ここはギンに持っていてもらうように言おう。
ギンから紙の小袋を受けとる。

「ありがとう。
それじゃあ全部もらうよ」

少し開いて中を確認する。
切手サイズに小分けされた薬が五袋入っていた。
一袋出して、ギンの手のひらにポンと乗せる。

「……でもね、一回分はギンにもしものことがあったら使ってほしい。
あたしの大事な人のひとりだから」

ギンはポカンとする。
思いもしなくて驚いてる顔だ。可愛い。

「薬と水、本当にありがとう。
こういう時って物々交換だよね?
あ、今……あたし何も持ってなかった……。
新しい薬や水も……いつ手に入るか分からないんだよね……ごめん……。
……そうだ! 何かあたしにできることはない?
もらうだけじゃ嫌だから」
「じゃあボク春瀬と一緒にいたい」
「え?」
「春瀬と話してると心ん中がポカポカするん。
ダメかな?」
「それだけでいいの?」
「えっ」
「他にもっとない? あたしにできること。
それだけじゃ釣り合わないよ」
「えっと……えっと……」

ギンはあちこち視線を向ける。
ソワソワしている、焦っている姿は大人のギンでは絶対見られない光景だ。
子供らしくてすごく可愛いなぁ。
ヤバイ、鼻血出そう。

「じゃ、じゃあボクをギュッてしてほしい」

ハイ鼻血出たーーーーッ!!!
心の中で叫び、一瞬自分を失いそうになる。
平常心平常心。
ギンのリクエストに応えなきゃ。

近づき、ギンを抱き寄せる。
小柄だから腕の中にスッポリと収まった。
銀髪も撫でてみる。
サラッサラしてて指通りが心地よかった。
ぎゅう、と抱きしめ、ギンから離れる。

「ごめんね。
今から薬を届けに行きたいんだ。
またここに戻ってくるね」

離れたけど、今度はギンが抱きついてきた。
ギャーーーーーーッ(鼻血)

「絶対、ボクのとこ戻ってきてな」
「もちろん。
春瀬お姉さんはギンのところに戻ってくるよ。約束する。
ゆびきりしよう!」

ギンはもぞもぞと離れた。
あたしは小指を立て、ズイッとギンの目の前に出す。
小指をジーッと見つめた後、ギンは小指を立てて差し出してくれた。
お互いの指を引っ掛けてから気づく。
短い指、小さい爪────あたしの指がギンの指を抱きしめているみたいだ。

「次はどうするん?」

ギンの声にハッとする。
指先に集中しすぎて苦笑した。

「次は歌うの。
ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。ゆびきった!」

ギンはずっと戸惑っていた。
ゆびきりも、ゆびきりの歌を初めてなんだろう。
指を離せばギンは深刻そうな顔をした。

「嘘ついたら針千本飲むんかぁ。
怖い歌やなぁ」
「あー……そうだね……。
よくよく考えたらヤバイ歌だよね……。
本当に飲むわけじゃないよ? そういう歌なの!」
「約束を守るため? その為の歌うなん?」
「そう! これは約束の誓いだよ。
ありがとう、ギン。
あたしが持って来た水の袋はここに置いとくね。
それじゃあダッシュで行ってすぐ戻ってくるから」
「うん。
ボク待ってる」

ギンに見送られて、あたしは小走りで帰路についた。
 







 
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