[6.接触]


「世界のバカ野郎ッ!!」

怒りの気持ちで叫んだけど、景色はもう変わっていた。
チクショウっ!!

世界に対して怒るのは虚しい、と考えたほうがいいかもしれない。
疲れるから気持ちを切り替えよう。
まずは現在地を把握して、浦原に近づくための策を考えなければ。

「ここは……」

視界の先にそびえ立つのは大きな門。
左右に伸びる壁は、端が見えないほど果てしなく長い。

「なんかもう、どこに飛ばされても驚かないや……」

神経が太くなったのか、マヒしてしまったのか。
何があっても驚かない気がする。
自分の服が死覇装に変わっていても平然と受け入れているから。

「ちょっとあなた!!」
「はへぃっ?!」

前言撤回。声をかけられただけで驚いた。
変な声で返事しちゃったよ……。
振り返れば、死神の女の子が近づいてくるのが見える。
自分と同じ顔だった。
黒い長髪を、彼女は後ろに結んでいる。
世界もこっちに来たの?と思ってしまった。

「あら!
やっぱり私の思った通りだわ!!」

声もあたしと同じだ。瓜二つの別人さんか。
走り寄ってきたかと思えば、いきなり手を握ってくる。

「やだぁ! あなた、私とすごいソックリね!
私は嵐山ゆうな!
あなた名前は?」
「え……と、七嵐春瀬です……」
「七嵐、春瀬?
初めて聞いたけど……まぁいっか!」

同じ顔でも、表情のつくりで別人に思えた。
嵐山さんはあたしの手を離し、両手を合わせてお願いのポーズをとる。

「あなたにお願いがあるの。
私とあなたは同じ顔でしょ?
私の代わりにこの屋敷に行って家庭教師をやってほしいの!!」
「え″?!
いやいやいや!
そんなの無理ですよ家庭教師なんて!!
なに教えるかも分からないのにっ」
「だぁーいじょーぶよ!
だって私、名ばかりの家庭教師だから」

顔は同じでも、話し方や声音があたしと全然違う。
声が高くてキャピキャピしてる。

「嵐山家の長子が来てるのに完璧無視するのよ、ここのガキ!
親の墓石から片時も離れなくてさぁ。
朽木家の跡取りってわりには無愛想だし反応も返さない。
家庭教師辞めたいってずっと思ってたぐらいよ」

朽木家の跡取り……白哉のことだよね?
それにしてもこの人言いたい放題だな。
『ここのガキ』と嫌悪感を隠さずに言う嵐山さんに、この人好きになれないなぁ、とあたしは思った。

「今日で終わりだから一日だけ代わってほしいの。
お給金はあなたがもらっていいから、ね?」

目をキラッキラさせてお願いしてくる。
正直めちゃくちゃ断りたかったけど、嵐山さんの話していた内容が気になり、あたしは渋々頷いた。

「……いいよ」
「やった! ありがとっ」

笑顔でお礼を言うなり、嵐山さんは走ってどこかに行ってしまった。
逃げ足が速い。すぐに見えなくなって唖然とする。

「あの人……やりたくないなら断ればいいのに……」

家庭教師なんて、やりたくない人がやる仕事じゃない。
それより白哉だ。

「完璧無視かぁ……」

親の墓石っていうのが気がかりだ。
今の白哉は喋れる精神状態じゃないのでは……。
心配が膨らみ、あたしはすぐに門をくぐった。

使用人らしきお爺さんが出迎える。
別人だってバレるかも!? バレたら土下座で謝罪して退散しよう!と心臓バクバクさせていたら、丁寧にお辞儀されて屋敷を案内された。

会う人会う人、全員に深くお辞儀される。
誰も入れ替わった事に気付かなくて、心の底からホッとした。
あたしは肩の力を抜き、白哉がいる庭園に出る。 
深い青紫色の花────桔梗が、視界いっぱいに広がった。
進もうとしていた足が自然と止まる。
すごいきれいだ。
美しくて、一瞬息をするのを忘れた。
神聖な空気に満ちていて、ここが朽木家にとって特別な場所なのを実感する。
本当にいいの? 部外者は入っちゃいけないと思うんだけど……。

よろしくお願いします、と一言残し(いいんですか!?と思った)、お爺さんはその場を後にした。
ここにいるのはあたしと、奥の墓石の前にいる子供の白哉。
近づいても白哉は気にしない。

「こんにちは」

あいさつしたけど無反応。
嵐山の言った通りなら、どれだけ話しかけても全部あたしの独り言になってしまう。
返事が出来ない・喋れる心境じゃないなら、今はソッとしておいたほうがいいかな。

墓石の前で白哉は正座している。
ひたむきに、一心に見つめる白哉は、声が届かない相手に語りかけているようだった。
踏み込んじゃいけない気がして、わずかに開いていた口を閉じる。
白哉の隣で、白哉みたいにあたしも正座した。
涼しげな風の音が聞こえる。
桔梗がかすかに揺れる音も。
不思議だ。初めて来たのに居心地がすごく良い。
落ち着くなぁー……とほのぼのしていたら、横から視線を感じた。
こっちを見てるなぁと思いながらチラッと視線を向ける。
横目で睨んでいた。

「貴様は誰だ」
「あたしは七嵐春瀬だよ」

あ! うっかりそう本名言っちゃった!
……でも、嵐山のフリする必要無いか。
貴様は誰だって思われたんだから。

名前を聞いた後、白哉は墓石に視線を戻す。
興味を無くしたのか一切あたしを見ない。

「人の名前聞くだけ聞いて自分は名乗らないんだぁ……」

思ったことをそのまま言えば、白哉は不愉快そうに表情を歪めた。

「……朽木白哉だ」
「ありがとう!
邪魔してごめんね。あたしは今日、ここに家庭教師として来ました」

にこーっと笑いかければ、ため息を吐かれた。
うんざりした顔だ。

「また爺様がよこした人間だな。
ひとりにしてくれ。
師事する気は欠片もない」
「そう言われてもなぁ……。
朽木家の方が望んでいるから家庭教師がここに来てたんでしょ?
あたしも屋敷の方に案内してもらったし。
……でも、あたしは剣術とか鬼道とか勉強を白哉には教えられないんだよねぇ。
話すだけなら話せるけど……」

白哉の目は墓石に釘付けだ。
またこっちを見てほしいなぁ、と思ってしまう。

「あたしは朽木家の当主になった白哉を知ってるよ」

白哉は冷めた目を見開き、困惑の眼差しを向けてくる。
見てくれて嬉しいと思っていたら、胡散臭そうな顔をされた。

「嘘じゃないって!!
本当にあたし知ってるんだから!
今よりずっとずっと先の話なんだけど、未来の白哉はすごく格好良くてすごく強いんだから!!
頭にけんせいかん?付けててね!」

自分の頭部を指差しながら、ココとココとココと……って必死に説明したけど、白哉は疑惑100%の瞳であたしを見据えるだけだ。
信じてもらえなくてガックリと肩を落とす。

「信じるわけないよね……そりゃそうだ……。
未来の自分に言われてもすぐには信じられないもん……」

しかもあたしは他人。
初対面のよく分からない謎の女だ。
白哉は視線を墓石に戻す。
なに話しても全無視しそうな顔だった。

白哉に必要なものをあたしは教えられない。
それなら帰ったほうがいいかな。
今の白哉は話せるし、あたしの目を見てくれた。精神状態は大丈夫だ。

「……ねぇ、さっき白哉、ひとりにしてくれって言ってたよね。
あたし帰ろうか?」

白哉は答えない。
視線すらこちらに向けない。
これは『帰れ』でいいんだよね?
正座の足がビリビリし始めているからちょうどいい。
お爺さんに説明してから帰ろうっと。

あたしも墓石に向き直る。
ここは白哉と朽木家の方にとって特別な空間だ。
こういう時にやる礼儀作法は知らないけど、自分なりの方法であいさつと感謝を伝えて帰ったほうがいいよね。

正座のまま、しっかりと頭を下げる。
髪が地面に触れるほど深々と。

「(死神じゃない人間が、死神のフリして入ってごめんなさい。
桔梗すごく美しいです。
生きてるうちにこんなキレイな景色見れてあたしは幸せです。
本当に、本当に、ありがとうございました!)」

ゆっくりと頭を上げ、後退する。
少しビリビリする足を引きずり、白哉に声をかけずにお辞儀だけして中に戻った。
なんて説明しようかな……と悩んでいたら、お爺さんが慌ただしい様子でやって来た。

「嵐山殿!!」

緊迫した雰囲気に、あたしは緊張で体を強ばらせる。

「何かあったんですか?」
「三番隊……貴殿の属する隊で緊急招集がかけられましたゆえ、すぐご出立願います!!」
「き、緊急招集ですか?!」

あたし嵐山さんじゃないのに!
一瞬どうしようかと悩んだものの、途中で逃げる選択肢が浮かんだ。
きっと大丈夫だ、と心に余裕が生まれる。

「すぐ向かいます」

外に出れば、屋敷の前で仁王立ちしている死神がいた。
嫌な予感がして、会釈して通りすぎようとする。
すぐにガシィッと腕を掴まれた。

「逃がしませんよ、嵐山さん」

ひぃいいいいい!!!

きっと大丈夫だ、なんて余裕ぶった自分を殴りたい。
ぜんっぜん大丈夫じゃなかった。
連行され、あたしは今隊舎を歩いている(というか引きずられている)
腕を掴まれ、逃げられない状況に冷や汗がダラダラ出ていた。

「ごめん! 忘れ物したから離してほしいなぁ!!」
「何を忘れたんですか?
招集に必要な持ち物はありません。
大至急です。行きますよ」
「わ、忘れ物っていうか!
お腹が痛くなって……!」
「前回もそう言って、定例集会をサボったじゃないですか」

嵐山のバカ野郎ぅぅぅ!!

「あ。藍染副隊長」

ずりずり引きずっている隊員が歩みを止める。
彼の声を聞いてやっと、あたしは進行方向に誰かが立っていることに気づいた。

「うわっ」

最悪すぎて頭が真っ白になった。
とっさに視線を地面に落とす。
誰が立っているのか・どんな顔をしているかは確認できないけど、でも間違いない。
確かに言った。『藍染副隊長』って。

「すみません藍染副隊長。
嵐山さん、また逃げようとして……」
「本当に困ったね。
大事な集会だからちゃんと参加してもらわないと」

笑みを含んだ穏やかな声。
心の準備も、逃げる良い案も浮かばなくて。
動揺して膝が震えた。

何か考えないと。この場から逃げる方法を。怪しまれないように。
早く、早く、早く!

「大丈夫かい?
顔色が悪いけど」

肩に手を置かれ、反射的に顔を上げてしまった。
心配そうに表情を曇らせた藍染と視線がぶつかる。
優しい瞳に、わずかに鋭さが宿る。
あたしが嵐山じゃないことに絶対気づいた。
緊張して喉も震える。

「おーい。
お前らそんなカタマって何しとるんやー」

藍染の背後から聞こえた声にドッと安心する。
近づいてきたのは栗色の長髪の死神だ。
白い羽織りを着て、身体をゆらゆら揺らしている。

「嵐山見つかったかー?」
「平子隊長。
見つかったんですけどちょっと様子が変で……」

平子という名前の男は至近距離まで近づいてきて、あたしをジーッと見つめてきた。
凝視され、緊張して鼓動がドックンドックンうるさくなる。

「嵐山。お前顔色悪いやんけ。
拾い食いでもしたんか?」

至近距離にいる藍染の存在が強すぎて返事ができない。
平子さんは、いきなりあたしの頭に手を置いてきた。
ワッシャワッシャと撫でてくる。

「わ! ちょっ……!
止めてください!!」

突き飛ばしてバッと離れる。
髪が泣きたくなるぐらいボサボサになっていた。

「おい藍染。
嵐山具合悪いから連れてくさかい、後はお前に任せるわ」
「平子隊長?!
緊急なんですよ?」
「大丈夫やって。
すぐ戻るわ」

平子さんはあたしの手を握るなり、堂々と引っ張っていく。ズンズン進む。
「ど、どうしますか?」「仕方ない。そのまま進めよう」というやり取りが遠ざかっていく。

どこ行くんだろう?
疑問に思ったけど、藍染から離れられて安心した。


□■□■□■


連れて行かれた先は広い和室だった。
黒い箱が置いていて、よく見れば、あれって音楽のスピーカーだよね?

「三番隊のモンは誰も来んから安心しろ」

ふすまをピシャッと閉め、あたしに向き直る平子さんの表情は厳しい。

「お前、誰や」

声も眼差しも鋭い。
この人もあたしが嵐山じゃないことに気づいたんだ。

「あたしは七嵐春瀬です。
あなたは?」
「聞く、っつぅことはお前ここのモンやないな」

しまった。
余計なことを聞く自分に、あたしは内心頭を抱えた。

「そんなナリして何が目的やねん」
「探したいものがあるんです。
……って言っても、ここまで来たのは嵐山と間違えられてなんですけど」
「確かにソックリやな。わしは騙せんけど。
死神に成り済ますなんて相当リスク高いで。
探したいものって何やねん」
「えーっと……」

何か、と聞かれても答えられるわけがない。
平子さんがジトーッと睨むため、嫌な汗が流れそうだ。
言い逃れはできないし、多分この人に嘘は通じないだろう。
よし、一かバチか。

「こんな球体を探してるんです」

指でピンポン玉サイズの球体を形作れば、平子さんは困惑に顔を歪ませた。

「知りませんか?」
「んー……。
悪い、見たことないわ」

パタパタと手を振る平子さんに内心ホッとする。
これで、あたしが何を探しているか詳細を言わなくて済みそうだ。

「ひとつ引っかかることがあるんやけど」
「何がですか?」
「さっき死にそうな顔してたやん。
何かあったんか?」

探る瞳。
疑う鋭い眼差しは、あたしを敵かどうか見定めているように感じた。
もしかしてこの人は。

「あたしも聞きたいことがあって」
「なんや。先に言ってみ」
「あなたが三番隊の隊長で、藍染が副隊長なんですよね?」

あたしが知らない、110年前の三番隊。
未来では確か……三番隊の隊長はギンだ。
藍染は五番隊の隊長。
あたしの知らない110年の間に何があったんだろう?

平子さんは息を吐き出して笑った。

「藍染、か。
そんな怖い顔して呼び捨てとは中々の器やな」
「あ、これはその……。
あはは……」

平子さんの指摘が鋭すぎて苦笑いしかできなかった。

「聞きたいことはそれだけか?」
「いえ」

多分、この人はあたしが考える味方だ。
藍染にとっての敵。
隊の人事異動が藍染の意思で実施されたものなら、隊長の平子さんを110年の間に藍染が排除してもおかしくない。

「教えてほしいことがあるんです。
あなたは、三番隊の全員を信じてますか?」
「なんやそれ。
まるでオレが全員を信じてないような言い方やん」
「あたしは、信じることも疑うことも、まず相手を知ってから始まるんだと思ってます。
あなたは三番隊全員を知ってる上で『信じてる』って言えますか?」

包み隠さず打ち明けられない。
だってこの人にとっては藍染よりもあたしのほうが怪しいから。
ハッキリしない、遠回しな言い方だけど、藍染のことをもっと疑ってほしかった。

「平子隊長、入るっスよぉ〜」

陽気な声と共にふすまが開く。
入ってきたのは浦原だった。

白い羽織りと死覇装。
帽子をかぶっていない浦原は新鮮で、目を見開いて凝視してしまった。
視線がバチッとぶつかる。

「あれ? そちらさんは誰っスか?
平子隊長の妹さん?」
「こんなカワイイ子が妹なわけないやろ」

浦原はニコニコしながらふすまを閉める。
ペコッと頭を下げ、身長高いけど低姿勢だ。

「アタシの名は浦原喜助っス。
アナタは?」
「七嵐春瀬です」
「聞かない名前っスねぇ。
どうしてここに?」
「探しものしとるんやってよぉ。
こんぐらいの玉みたいなヤツ」
「へぇー。玉っスかぁ。
アタシは見てないっス」

浦原は平子さんと違ってずっと笑顔だ。

まさか目的の人物がここに来るなんて。
自分で探すリスクが無くなり、ホッと息を吐く。
そばに行ったら欠片が元に戻るんだよね?
ドキドキしながら近づけば、いきなりイヤリングがパンと砕けた。
何が起こったのか把握できなくて唖然とする。
だけどすぐに気づいた。
暴走を防ぐために世界が強化してくれたイヤリングが破損した意味を。
全身の血の気が引く。

「お願いします!
二人とも逃げてください!!」
「何やいきなり……」
「説明している時間が無いんです!!
じゃないと────」

ドグン、と心臓が揺らいだような気がした。
膝の力が抜け、受け身すらとれずに転倒する。
胸の奥が、身体中が痛くなった。
あちこちが引きちぎられていく激痛が走る。
浦原や平子さんが何か叫んでいるけど聞こえない。
もうダメだ、と思った。

身体を襲っていた激痛が嘘のように消えた。
肩で息をしながらまぶたを開ければ、世界が苦しそうな顔であたしを覗き込んでいる。

『悪かった』

なんで謝るのか分からない。

「あたしに何があったの……?」
『俺が想像した以上に、浦原の手に渡った欠片が物語に根を張ってしまっていた。
あの欠片は“神魂石”ではなく“崩玉”として変質しちまったんだ』
「それが世界の言う同化なの?
じゃあ、あたしはこれからどうなるの」

あたしの魂を削って補おうとするんだよね?
それがさっきの激痛なら。
まさか、周りの人間も吸収したってこと?

『いいや。
お前をこっちに戻すことで吸収は阻止した』

一番の不安を世界はすぐ否定してくれた。

『これからどうなるか。どうするか。
それは……』

言葉を切り、世界は黙る。
言いづらそうに溜め息をこぼした。

「言いづらいこと?
あたしが死ぬとかそんな感じ?」

あの自己中俺様の世界が言いづらいと思う話って何?
遠慮する様子は違和感ありすぎて笑ってしまう。

「話してよ。
なんとかなる方法あるなら、あたしにはそれを選ぶしかないんだから」

世界は頷く。
心を決めたようだ。

『方法はひとつだけ。
お前の中に宿る“神魂石”を封印する。
同化した欠片が物語から剥がれるまで』
「具体的には?」
『藍染の手から“崩玉”が離れるまでだ』
「あたしが知るBLEACHよりずっと先だね」
『封印されれば、暴走しない代わりにお前は力の全てと記憶を失うことになる』
「あたしじゃなくなるってことか。
忘れたら二度と思い出さない?」
『いや、思い出す。
剥がれた欠片がお前に戻ったら。
それがいつになるかは……』
「……分からないんだね」

記憶を失う……全てを忘れるのに。
不思議と心は落ち着いていた。

世界は苦しそうだ。
らしくない表情に苦笑する。

「やだなぁ。なに沈んだ顔してるの。
ようは眠るってことでしょ?
期間が長いだけじゃん」

永遠に目を覚まさないわけじゃないから大丈夫だ。

「これがあたしにできることなら、喜んでやってやろうじゃん」

床に寝転がり、改めて世界を見上げる。

「ほら、早くやってよ。
あ、でも痛くしないでね」

まぶたを閉じれば、瞳に薄く涙の膜が張るのを感じた。

長い眠りにつくこと自体は怖くない。
だって暴走してしまうから。
涙が込み上げるのは、今まで出会ってきた人達を思ってだ。
約束したのに、戻るって言ったのに。
何も言わずにここに来た。
ギンとした約束も守れなくて、あたしはひどい嘘つきだ。
長い眠りについてしまう事が申し訳なくて、閉じたまぶたの内側で涙が増えていく。

オデコに何かが止まった。
まぶたを開くと、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
あたしの周りを黒い蝶が飛んでいた。

「これって……」

地獄蝶?
ひらひら、ふわふわと宙を舞っている。
全部で4羽。どうしてこんな場所に?

『記憶を封印する前に、お前にやってもらうことがある』

唐突すぎて言葉が出ない。
重要そうな話だ。身体を起こした。
         
『その地獄蝶を手紙に変化させ、伝えられることを全て記入して持っていけ。
手紙は全部で4通だ。
もちろん力のことは他言無用』
「曖昧なら書いてもいい?
やっぱりちゃんと説明したくて。
世界にチェックお願いするから」
『……わかった』

意思を持っているのか、全ての地獄蝶が近づいてくる。

『滞在可能なのは1時間だ。
それ以上はおまえの魂に負担がかかるからな。
分かったらさっさと書け』

うんざりしたような口調。
あたしのペースを無視する世界らしいしゃべり方。
だけど分かった。それが世界なりの優しさなんだって。

「自己中で最悪だって思ったけど、世界、すごいカッコいいよ。
ありがとう」
『惚れんなよ』
「まさか」

世界の言葉で気持ちがすっきりした。
涙を拭い、立ち上がる。
手のひらを出せば、地獄蝶がゆっくりと左手にとまった。
他の地獄蝶もひらひらと羽ばたきながら寄ってくる。

「どうすればいいの?」
『手紙に変化する様子をイメージしろ。
“神魂石”は想像したことを具現・発動する能力を持っている』

まさかとは思ったけど。
やっぱり、イメージするのが力を使う鍵だったんだ。

まぶたを閉じ、一羽の地獄蝶が黒地の封筒と便せんに変化する様子を思い描く。
次にまぶたを開ければ、手のひらには黒い封筒が。

「こんなこともできるんだ」
『ここだけな。
物語のある空間では、そこに存在する術技しか使用できない』
「なるほど」

それじゃあ、BLEACHのキャラの技も使い放題ってことになるよね。
もっと早く判明してたら、今までの戦いも違っていたかもしれない。

「……あ。手紙書かないと」

全部で4通。
ルキア・恋次・剣八とやちる・ギン────と、渡す人は頭にすぐ浮かんだ。
手紙を渡しに会いに行っても、きっと温かく迎えてはくれないだろう。
それでもいい。
会って直接謝りたかった。

「まずは恋次からだね」

地獄蝶で出来た便せんにも力が宿っているのか、思うだけで文章が記入されていく。
誤字脱字が無くてなかなか便利だった。


□■□■□■


全ての手紙が完成し、封筒にも名前をつづる。
あたしの思考を読むことができるため、世界は手紙の文面を見ることなく許可してくれた。

「この手紙……できれば他の人には読めないようにしたいんだけど。
できる?」
『ああ。やってみろ』

イメージしてみる。
他の人が封筒を開けようとしたらバチッとはじく光景を。
途端、封筒そのものが一瞬だけ輝いた。
試しに開封を試みる。

「イダッ!」

走ったのは強力な静電気。
開封することができなかった。

「本当に便利だね。
これで安心して手紙を渡せる」
『準備はいいな?』
「オッケー」

封筒を懐にしまい、いつでも行けるよう心の準備をする。

『お前が今から行くのは、浦原喜助が現世で駄菓子屋を営んでる年代だ。
あとは日番谷冬獅郎が十番隊の隊長をやっている』
「え。それって1巻の何年前?
一気に年代進むね」
『藍染にも会っていい。
奴はお前に何もできない』

足下の床がパッと消えた。
ガクン!!と落下する。

「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!」

スピードを増しながら落ちていく。 

世界のバカ野郎!!と思ったら、景色が変わった。
自分の落下地点に待っていたのは葉が生い茂る樹木だった。

「いだだだだだだーーーッ!!」

無数の枝が身体に刺さる。
バササバサバサバサベキベキベキベキッと音がして、地面に落下、背中を強打する。

「ぐふっっっ!!!」

衝撃で一瞬呼吸が止まり、激痛のせいで言葉すら出ない。
こんなところに送り込むなんて!

「世界の野郎覚えておけよ……!」

地面に手をつき、身体を起こそうとする。
そこであたしは、目の前で刀を突きつけられていることに気づいた。
顔を上げれば、刀を向けているのは浮竹で。
お互いポカンとしていた。
 






 
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