どこかの島のどこかの街で

 海辺の賑わう街で弦を震わせる弓を引いて音を鳴らす。花屋に飾られている観葉植物たちが風に煽られ、音楽に合わせて踊っているようだ。リズムに乗って体を揺らす観客にバイオリンの音も弾んでいる。

 楽しい!!と心嬉しい気持ちを全身から溢れさせている少女の演奏は観客の目を輝かせ、どこからともなく聞こえてくるトロンボーンの音色やドラムの軽快なリズムが人々の心を湧かせる。

 周りに他の演奏者はいないのにバイオリン以外の楽器の音も聞こえる、とその場を通り過ぎようとしていた青髪の少年は不思議そうな顔をしていた。彼の友人であろう麦わら帽の少年は足を止めた少年に怪訝な顔をして近づくが、その事にも気づいていない青髪の少年は音のする方へ足を向けて、少女を囲む群衆の真ん中へと歩みを進めた。

 演奏が終わりお辞儀をする少女へ盛大な拍手が贈られる。観客の前に置かれてあるバイオリンのケースには多くのベリーと花が入れられた。少女の演奏していた場所の向かいには花屋があり、客入りが良かったようで店主はニコニコと笑顔だ。暫くしても拍手はなかなか鳴り止まず、照れくさそうにする彼女へ声がかけられる。


「良い演奏だ!!お嬢ちゃん、他にも何か弾いてくれねェか!!」


 この街では見かけない黒い髭の男性の言葉に少女は嬉しくて何回も頷き、次は何を弾こうかと頭の引き出しを探る。その矢先に観客達を掻き分けて青髪の少年が少女の前に現れた。


「ビンクスの酒!!弾いてくれ!!」
「何やってんだ、バギー!!」


 バギーと呼ばれた青髪の少年は鼻が引っ付いてしまうのではないかと思うくらい少女に顔を近づけた。当然少女は驚いて仰け反ったが、赤髪の少年がバギーを引き剥がしたことにより事なきを得た。少女が先に話しかけてきた黒髭の男性の方を見上げると、ニヤニヤと口角を上げて頷いたため、バイオリンを構えた。

 ビンクスの酒は数年前街に海賊が来た時に教えてもらった。少女の母親が営む酒場だったが、海賊たちは肩を組み、樽ジョッキをぶつけて陽気に歌っていた事が少女の記憶に強く残っている。その時の様子を思い出すように音を鳴らした。



 赤髪の少年、シャンクスは様子がおかしいバギーを不思議そうに見ていた。演奏することが心底楽しいのか体を揺らしながらバイオリンを弾く少女を、バギーは宝の地図を見つけた時のように目を輝かせて食い入るように見つめている。


「急にどうしたんだよ」
「……」


 こちらが話しかけたことにも、周りの観客や観客に紛れ込んでいるロジャーにも気づかず、口を開けたまま間抜けな顔のバギーにシャンクスは溜息をつき、ふと少女に目を向けると彼女は視線に気づいたのか2人に満面の笑みを浮かべた。

 演奏を聞き入っているうちに曲が終わり、観客は少女へ拍手の嵐を浴びせた。今日はこれで終わりなのか何回もお辞儀をして荷物を片付け始める少女。シャンクスが後ろを振り返れば、多くの人々が立ち止まって彼女の演奏を聞いていたようだった。観客だった人達は各々家や店へとその場から踵を返し去っていく。

 日はまだ高いが1度オーロ・ジャクソン号へ戻ろうとバギーに声をかけようとしてシャンクスは目を見開いた。少女に釘漬けになっているバギーの顔は鼻と同じくらい真っ赤になっており、今にも湯気が出てしまいそうであった。


「ば、バギー!!熱でもあるのか!?顔が真っ赤だ!!」
「べ、べべ別になんもねーよ……誰が赤っ鼻のデカっ鼻だ!!このハデアホがァ!!」


 バギーはトマトのように赤い顔をしながらその場から逃げ出しシャンクスはその後を追いかけた。片付けていた手を止め呆気にとられた様子の少女はぽかんと口を開けたまま暫く立ち尽くしていたが、2人の姿が小さくなって行くのを見るとくすりと笑った。





 島の外、未知の世界に思いを馳せ、月明かりに照らされた少女はバイオリンの手入れをした後、徐ろに音を奏でる。虫のさざめきと葉の擦れる音が静かな夜に鼓膜を震わせ、夜空に浮かぶ狩人を窓辺で眺めながらバイオリンの弦に弓を滑らせた。

街から少し離れた場所にある牧場の近くに少女は母と暮らしている。少女の母親からは夜に大きな音を鳴らさないでと言われていたが、彼女はそれより演奏したい欲が勝ってしまったのだ。寝るにはまだ早い時間帯のため良いだろうと構わず弾き続ける。

 特に弾きたい楽譜がある訳でもないが、兎に角弾きたいと心の赴くままに手を動かす。とても曲としては成り立たないものだが、それでも少女は一音ずつ腫れ物に触れるくらいそっと丁寧に奏でていた。

 遠くに見えるは星空を飲み込んだ海と大きな船。暗くてあまりよく見えないが、昼間の彼らはあの船で来たのだろうかと少女の頭に小さな疑問が浮かんだ。体を前のめりにして顔を近づけてきた少年を思い出す。大きな目にまぁるいボールのような可愛い鼻に空色の髪が綺麗であんなに近く、と考えたところで少女の顔は火がついたかのように熱くなった。

 同じくらいの歳の子は島にはおらず、男の子と鼻が触れるほど近づいたことは無かった少女は昼間の出来事を思い出して身悶えた。言葉では表せないほど心の中がぐちゃぐちゃになってしまった彼女は大きく深呼吸をする。


「……変わった男の子たちだったなぁ」


 構えていたバイオリンを降ろした彼女の独り言は穏やかな風に乗って消えた。

 一方その頃、オーロ・ジャクソン号に戻り食材の下ごしらえを手伝わされていたバギーとシャンクスは、甲板に座り込んでじゃがいもの皮を剥いていた。バギーは昼間に会った笑顔でバイオリンを弾く少女を思い出し1人悶々としている。頭を抱えてウンウン唸っているバギーの隣で、皮剥きに集中し黙々とナイフを動かしていたシャンクスは口を開いた。


「なァ、バギー」
「な、なななんだよ」
「手ェ止まってる」
「う、うるせェ!!いい今からやるとこだったんだ!!」
「やっぱり熱あるんじゃねェか!?」
「ちげェよ!!!」


 指摘されるや否やナイフを持ち直して皮剥きを再開するバギーの頬はやはり赤くなっていた。やはりどこかおかしいのではないかと思ったシャンクスはマストの影から見えたレイリーを呼び止める。どうやら近くにロジャーもいたようで柱から顔を出し共に近付いてきた。

 バギーはじゃがいもに着いていた土で汚れた手でシャツの胸元をぎゅっと握りしめている。目尻は少し赤らみ、歯は軋むくらい噛み締めていた。脳裏によぎるは少女の演奏する姿。心臓が早く脈打ち、締め付けられるように痛む。シャンクスはロジャーとレイリーに、バギーが女の子の演奏を聞いてから今日一日ずっとこうだと話していた。シャンクスの話を聞いてバギーの様子を見た大人2人は顔を合わせ声を出して笑った。


「だっはっはっ!!遂にバギーに春が来たみてェだな!!」
「「春?」」
「バギー、どんなお嬢さんだったんだ?」
「え、えっと……」


 目を泳がして口ごもる見習いをロジャー海賊団トップ2は微笑ましく見ていた。バギーは少女のことを思い出す度、顔に熱が集まり、血が沸騰して全身爆発しそうになる。しかしそんなことは気にせずロジャーは締まらない顔をしながら口を出した。


「バイオリン弾いてた可愛らしいお嬢さんだったなァ」
「ロジャー船長ォ!!!!なんで知って……!?」
「船長、演奏してたとこにいたぞ」
「気付いてたなら言えェ!!」


 だってあの時俺の声聞いてなかったろ、とシャンクスは呆れた顔をする。バギーは能力で手を切り離し、シャンクスの頬を軽く殴った。

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