雲海のソレイユ

「おーい!!」


 遠くから名前を呼ばれ振り向く。突風が吹き思わず目を瞑ると体に何かに拘束されたような感覚があり、呆れた顔をして目を開けばそこには我らが船長、ルフィがにししと笑って腕を私の胴に巻き付けていた。

 今日の天候は晴れ。綿あめのような雲が澄み切った青を漂っている。強い日差しが肌を刺し、洗濯物も1、2時間程で乾いてくれそうだ。夏島が近いせいか顔が火照って仕方ない。


「おめェ、顔赤ェぞ?ビョーキか!?」

「違う違う!…ただ暑いだけだよ」

「ふーん、ならいいけどよォ」


 体内で破裂しそうなほど大きく脈打つこの心臓の音がルフィに聞こえていないか心配だ。私に巻きついていた腕は元の位置へと戻り、何故か嬉しそうに笑うルフィはナミが管理するみかんの木の下へと私の手を引いた。

 ゴム人間だからか弾力のある柔らかな手が心地が良くてギュッギュッと何度も軽く握る。私はルフィと手を繋いでいるのか。ふと実感し、また頬が熱帯びた。羞恥心と多幸感が入り交じって思わず叫びたくなってしまうような感情に、胸が締め付けられ目が潤んできたのが自分でも分かった。


「ここなら休めるだろ」

「ありがと」

「おう!!」


 頭をくしゃりと撫でられた。こういったスキンシップは嬉しいけど複雑な気持ちになる。こっちの気も知らないでと少し恨めしく思う。まるで妹や子供のような扱いをされている気分になってしまうが、そもそもルフィに恋愛感情というものはあるのだろうか。

 木の下に2人並んで仰向けに寝転がる。そよ風が吹き、みずみずしい緑の葉が擦れて涼やかな音が聞こえる。太陽の光をぎゅっと固めたようなオレンジ色を見上げていると、ルフィはおもむろにすんすんと鼻を鳴らした。


「いい匂いがする」

「みかん?」

「いや、違ェ」

「サンジが何か作ってるのかな」


 上半身を起こして顔をあちこちに向け匂いを嗅ぐルフィは犬みたいで、思わず声を出して笑ってしまった。ぶすくれたルフィは私にずずいと近づき首元に顔を寄せる。


「あ!お前から匂ってたのか!!」

「その言い方、私が臭いみたいじゃない!もう!!」

「わ、わりィ」


 無神経な発言にそっぽを向き横に寝転がる。顔が赤くなっているところはルフィに見られてはいないだろうか。弱々しい声で私の名前を何度も呼ばれるけど、彼に呼んでもらえることが嬉しくて、怒っては無いが目を閉じ拗ねているフリをしてしまう。

 潮風が木々の隙間を通り抜けカモメの鳴き声が遠くに聞こえる。そのうちルフィの声が聞こえなくなり少し寂しさを感じる。呆れられちゃったかな、と薄ら目を開けると彼は上から私の顔を覗き込んでいた。

 目が合う。

 いつも真っ直ぐ前を見つめる瞳の視線が今は私に注がれている。その凪いだ黒は私が好きな色だ。傷だらけになっても仲間や友人の為に戦う姿に何度救われたか。故郷を海軍のバスターコールで滅ぼされて、攫われた海賊船でボロ雑巾のようになるまで働かされた私を救ってくれた太陽。今私が乗っているこの船を背に、仲間になれと手を差し伸べてくれたその姿を一生忘れられることはできない。それに坂から転がり落ちるように好きになってしまったのも仕方ないだろう。

 ルフィの黒を通して過去を思い出し、暫く見つめあっているとするりと唐突に手を握られた。握手のような形ではなく指と指を絡ませた所謂恋人繋ぎで。驚いて手を引いたがそう簡単には離してはくれず、逆に握りこまれてしまった。


「ルフィ?」

「嫌だ」

「何も言ってないよ」

「離せって言うんだろ」


 真剣な口調で言われて、開きかけていた口を閉じてしまう。ルフィと手を繋げて嬉しいとか、手汗かいていないかとか、なんでこんなことをしたのだろうとか、色んな感情がぐるぐると渦巻いて言葉が上手く出てこない。


「おれは離したくねェ」

「……なんで」

「なんか分かんねェけど、この手を離したくねェって思った」

「なにそれ、意味わかんない」


 別に私のことをそういう意味で好きでもないくせに。そっぽ向いた彼の頬を繋がれていない手でつつく。するとぷくぅと風船のように彼は頬を膨らませた。さっきとは立場が逆になっていることに少し優越感を覚えた。今日はしてやられてばかりなため、何とかやり返そうと私は体を起こして彼の顔をのぞき込む。

 まだ夕方にもなっていないのに私の太陽は赤く染まっていた。

[ 2/18 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -