良い酔い宵

 西陽が差し込み少し眩しいくらいの夕方。電車と電車に揺られること3時間。カナエは仕事帰りに海へと来ていた。当たり障りない1日が今日もすぎていく。波が浜辺に押し寄せては沖へと引いていく様子をぼーっと眺めていた。

 明日の仕事は休みだ。新卒で今の会社に入り、特に大きなミスを起こすことも事故も事件も無く、平凡な毎日をただ過ごしている。カナエの働いている会社はブラックなどではなく普通にホワイト企業だ。残業代も出るし、福利厚生や有給も使いやすい。人間関係も特に悪くなく上司も先輩も同僚もいい人ばかりだ。

 ただ、同じことをして毎日を過ごしていることに飽きてしまったが故に「そうだ、海へ行こう」と思い立ち行動に移したわけである。


「あ゛ー来たのはいいけど帰るのめんどくさ......」


 あたりは徐々に暗くなっており、あと1時間もすればきっと闇に飲まれるだろう。カナエは砂浜に薄手のトレンチコートを下敷きにして大の字に寝転ぶ。右手にチューハイの缶、左手にはさきいか。その姿は完全に酔っ払ったおっさんである。


「ふんふふーん、お酒とつまみがあれば最強だァー!わっはっはっ!」


 少しのアルコールで陽気になったカナエは誰もいないだろうと、カバンからスマホを取りだし曲をスピーカー大音量でかけた。最近カナエがハマっているアーティストのアルバムだ。

 カナエの周りにはさきいかの袋やコンビニで買ったジャーキー、まだ開けていない缶などが置かれている。それを眺めてにひひと笑った後、手の中にあるさきいかを噛みちぎり、チューハイの残りを一気飲みをした。


「ふふふーん。明日休日だもん、いっぱい飲んでやるー!!......うっ」


 そう海に向かって大声で叫んだカナエは、自身の声で頭を痛め横に倒れ伏した。頭を抱えてうぉぉぉぉと悶える姿は傍から見れば滑稽であろう。しかし幸運なことに滑稽なカナエを見るものは誰一人としていなかった。

 3分ほど転がっていたが、痛みがましになり起き上がったカナエは再びそばにあった日本酒を開けてぐいっと飲む。既に顔は赤くなっておりフラフラしているカナエ。誰も彼女の飲酒を止めるものがおらず、空き缶を縦に積んだり、中に砂を入れたりやりたい放題である。


「ねむたい」


 数本缶を開けていたため酔いが周り、フラフラと再度横に倒れたカナエはそのまま夢の中へと旅立った。




「なんだこいつ」

「......びゃっ!?」


 海の中をスイスイ泳いで竜宮城でお腹いっぱいご飯を食べ、竜宮城の城主になるという夢を見ていたカナエはふと目を覚ます。目の前には麦わら帽をかぶった青年の顔があり驚いてカナエは飛び起き、青年は頭をぶつけられる前にサッと避けていた。


「おっまえ危ねェな!?」

「す、すみません......」

「別にいいけどよ。で、なんでこんなとこで寝てたんだ?」


 首を傾げた青年にそう言われ周囲を見渡す。空は青く、晴天で白い雲が綿あめのようだ。カナエが寝ていた傍には寝る前と同じく、縦に積み上げられた空き缶やさきいかの入った袋等が無造作に置かれている。中身が半分減った日本酒の瓶も置いてあった。

 カナエは青年の後ろに目をやると海が広がっているが、何かが海から飛び出してきていた。海王類である。


「っ!?後ろ後ろ!!!」

「んァ?」


 立ち尽くして呑気に後ろを振り返る青年の腕を掴み、海と離れるように走り出す。否、走り出そうとした。

 麦わら帽の青年が動かなかったのだ。腕は引っ張っているのだが様子がおかしい。青年とカナエの距離は5mは離れているはずなのに青年はその場から動いていない。しかし、カナエは青年の腕を掴んでいる。恐る恐る腕を辿るように視線をやれば、カナエが青年から離れた分だけ腕が伸びていたのだ。

 現実ではありえないような出来事にぎゃぁと悲鳴を上げて思わず手を離してしまった。そして離された腕は何事も無かったかのように、ゴムみたいに青年へと返り元の姿に戻る。

 青年は全く動じず、砂浜に煙を上げて飛び上がるとカナエの知るシロナガスクジラより5倍程大きい海獣を殴った。


「えぇぇぇ......!?こんなの漫画の世界じゃん」

「怪我ないか?」

「あ、ありがとうございます?」

「ならいいんだ!」


 ニパッと太陽のような笑顔でカナエの肩をポンポン叩く青年は一体何者なんだろうか。気になったカナエが尋ねると「おれはルフィ、ゴム人間なんだ!」と自身の腕を伸ばしながら答えてくれた。

 へぇと感嘆しているとカナエの方に青年基ルフィの両手が伸びてきて、がしりと腰を掴まれる。驚く暇も与えられず、宙へ浮いたかと思うと風を切るように体が引っ張られ、そのままルフィの腕の中へと収まった。

 当然カナエは腰が抜けた。誰もこんな体験をすることになろうとは思っていなかっただろうし、カナエ自身考えても見なかった。当の本人は気が抜けるような笑顔を見せている。


「な!」

「な!じゃない......」

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