砂の足跡

 人も動物も寝静まる夜。空には月が浮かび星は瞬いている。保護色である薄茶色のマントを纏い、頭から深く被っている私は砂漠を裸足で走っていた。とある男から逃げるためだ。

 足の爪に砂が入ろうと服が汚れようと息を切らしながら、この国アラバスタから出ようと走り続ける。港に行けば船があるはずだ。以前1度男に連れ出された時に見たことがある。航海の仕方なんて分からない。けどとにかくあの男から逃げられるのであればなんでもいい。

 航海術ならきっと街の人たちの誰かは持っているだろう。しかし、この国の人達はあいつを英雄として崇めている。街を襲った海賊を倒し平和をもたらしてくれる、と。そんな市民を頼るなんてもっての外だ。いつ居場所がバレるか分からない。疲労でもつれそうになる足を必死に動かし海の方へ向かっていたが、砂がサラサラと音を立てて私の足に纏わりついた。

 足を取られ、尽き果てそうな体力ではたたらを踏むことも出来ず前に倒れる。砂が顔についたが、気にせず立ち上がろうとするも体を起こせず、アイツが追ってきていないか後ろを確認するために顔をあげれば、背中の上で砂が人型をとる。


「クハハハハ!逃げられるとでも思ったか、お嬢さん」


 今最も聞きたくなかった声に思わず私は目を見開いた。
 特徴的な笑い方に顔を横切るようについた傷跡、左手の代わりに金の鉤爪。私を部屋に軟禁していた男だ。

 背中を膝で押さえつけられ、鉤爪の丸い部分で首筋をなぞるように触れられる。ゾクゾクと鳥肌が立ったのは金属の冷たさによるものか、それとも恐怖によるものか。


「躾が必要だなァ」


 捕まってしまった。男は背中から退いたかと思うと私の襟首を掴み、向かい合うように膝立ちにした。ぐいっと引っ張られ、身長差のせいか背中がのけぞって苦しい。黒いコート越しに男の肩を押して、顔を遠ざけようとするも1ミリたりとも動く気配は無い。

 そのまま食べられてしまうのではないかというくらいに顔が近付いたかと思うと、唇に何か熱いものが触れ、驚いて声が出る。その隙にと開いた口にぬるりと動く分厚いものが入ってきた。それは私の舌を絡めとるように動き、口腔内を埋めつくして息苦しくなる。上手く息が吸えず生理的な涙が出てきて、離れようとするも後頭部を手で抑えられ動けなかった。

 拳を握り、力を込めて胸元を叩くもビクともしない。むしろ後頭部に置かれた手に力が入りいっそう逃げられなくなってしまった。

 顔を逸らすため歯を食いしばろうとして口の中にあるものをガリッと噛んでしまう。鉄の味が広がり、自分がやってしまったことに頭から血の気が引いていく。手を離されそのまま横に倒れた私は、顔を離した男を見た。表情が抜け落ち、ただこちらを見下ろしている。


「あ......ぁ......」

「......お前」

「っごめんなさい!もう逃げたりしません......!!だからっ......!」

「おれは今ここでヤッても構わねェんだ」

「!?い、嫌だ......やめて、来ないで......!あれは嫌だっ......」


 男からと離れようと足を引き摺るようにして後ろにさがる。しかし、目の前の男の1歩ですぐに距離は縮まってしまった。せっかくここまで逃げてきたのに、もうあんな目にあうのは嫌だ。

 私は最後の抵抗に手に握りしめていた砂を男の顔に向かって投げ、背を向けて走り出す。その時男がどんな顔をしていたかなんて見る余裕もなかった。




 埠頭にたどり着き、操縦できそうな船を探す。貨物船が多く、周りには箱が積まれている山が複数あり隠れることが出来そうだ。しかし、あの男が来る前にアラバスタを出ないと。時間が無い。

 海沿いを走っていると視界の端に小さな木の帆船が見える。あれに乗ろうと決め、男が追いついていないか後ろを振り返る。誰も来ていないことを確認した私は再び前を向くと目の前が黒に染まった。

 トンとぶつかった黒い壁からは嗅ぎなれた葉巻の煙の匂いがする。その葉巻が一般市民がそう何本も買えるような値段では無いことを知っている。

 顔を上げることが出来ず呆然としていると、頭上からクハハという声が聞こえる。


「お嬢さんから飛び込んできてくれるなんてな。随分と積極的になったじゃねェか」


 違うと言おうにも喉から音が出ない。


「賢いお前なら分かるだろう。二度もお前の逃亡を許したおれが何を言いてェか」


 他人を支配する側の人間の声に体が竦む。男は指輪をつけた大きな手で私の首を掴んだ。きっと思い切り力を入れられたら折れてしまうだろう。苦しくて首にある手を離そうと男の手首に自身の両手をかける。


「か、帰ります......貴方の処に帰るので、殺さないで。許してください......」


 その言葉に満足したのか、薄く笑みを浮かべたその男は首から手を離すと、私を左腕に乗せるように抱きかかえた。

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