招き招かれご愁傷様

 むぞらしか。

 声が聞こえて後ろを振り返る。しかし、そこには誰もおらず、旧陸軍第七師団の軍服が保管されているガラスケースがぽつねんとあるだけだ。不思議に思ってその薄汚れた軍服を見ていると一緒に来ていた友人に急かされて、コスプレコーナーへと向かう。

 旭川市にある北鎮記念館は屯田兵や旧陸軍第七師団の資料館である。現在は陸自が管理しておりバス停から徒歩五分のところにあるため、予約していた飛行機の時間が来るまでの暇つぶしに友人と3人で北鎮記念館に来ていた。


「これ着てみんなで撮ろうよ」

「えぇ恥ずかしい」

「まーたそんなこと言ってぇ。その服に伸ばしてる手は何ぃ?」

「羞恥心と好奇心が戦ってるのぉ」

「着ちゃえ着ちゃえ。皆で着たら怖くない」


 いい歳した大人が3人で旧陸軍のコスプレをしてノリノリで写真を撮る。私がカバンから自撮り棒を探している間に友人2人は銃を見つけてきたようで、子供のように「バンバン!」「うっ…」などと遊んでいる。自撮り棒あった、と言えば長い銃(三八式歩兵銃というらしい)のレプリカの先端を向けてくる友人たち。呆れ顔をして自撮り棒を構えるといそいそと画面内に入ってきた。

 3、2、1、カシャリ。自撮り棒につけたスマホを引き寄せて3人で覗き込む。銃を突きつける友人Aと軍帽を被り敬礼する友人B、1番手前でピースをする私が映っている。「いい感じじゃん」「送って」と言われSNSで作った北海道観光女子会というグループを開き、写真を送る。

 その瞬間、ラ○ンッ!!と静かな資料館に爆音が響いた。館内の造りのせいか少しエコーがかかって聞こえる。爆音を鳴らした犯人は両手で赤くなった顔を抑え天井を仰ぎ、私と友人BはAの両脇を取り押さえてそそくさと北鎮記念館を出た。

 もう帰ってしまうとな。おいもちていっ。

 聞きなれない言葉の男の声が聞こえる。振り返ると雪と対比するように褐色肌の男性が立っている。しかし瞬きをするとその姿は消えてしまった。友人から忘れ物かと聞かれたが、気のせいだったと返し先行く友人の背を追いかけた。







 北海道旅行から帰宅し早数日、毎夜聞こえる騒音に困り果てていた。夜遅くまで慣れない仕事をして家に帰ってご飯を食べる気力もなく、風呂へ足を引き摺って入り泥のように眠る。そして真夜中の2時にあらゆるところから声が聞こえてくるのだ。

ドンドンドン

 おぉい、ここを開けてくれ。そんな男の声が部屋の扉の外から聞こえてくる。北鎮記念館で聞こえた声と同じだ。一昨日は塀の外、昨日は窓。今日は扉の前。徐々に近付いてくる声に耳を塞いで布団に深く潜る。

 妖怪等はこちらから招かない限り中には入れないと小耳に挟んだことがある。だから扉や窓を開けてはいけないし返事をしてもいけない。最近は寝る前に鍵をかけたか確認するのが習慣になってきた。

 気を紛らわせるためにスマホでゲームの実況動画をイヤホンで聞く。出来るだけ声を聞かないように音量を上げて明るい画面に安らぎを求めた。動画を何本も何本も見る。そうしているうちに時間は過ぎていった。

 ふん、今日もやっせんか。明日も来っでな。

 イヤホンを外すと扉の前から音が消えていた。どうやらもう居なくなったらしい。布団から恐る恐る頭を出しても居そうな気配は無かった。ベッドサイドに置いてある時計を見れば針は午前3時を指している。ブルーライトでチカチカした目を閉じれば、思いのほか早く夢の中に旅立っていった。

 意識が浮上して目を開ければカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。起き上がろうとするも体はだるく頭痛が酷い。熱はどうかと思いリビングへ出て体温計を探した。それはすぐに見つかり測ってみると38.5℃で流石にこれは仕事を休もうと職場へ連絡を入れ、布団へと逆戻りした。

 ペットボトルの水をちびちびと飲み横になる。何回も繰り返してぼーっとしているとあっという間に外はオレンジ色になっていた。時計を見ると午後5時半。食欲がなかったため今日1日中ご飯は食べていない。流石になにか腹に入れなければと体を起こすと玄関のチャイムが鳴る。


「__!お見舞いに来たよ。ご飯持って来たからドア開けてくれない?両手が塞がってて開けれないのよ」

「ありがとう、助かる。ちょっと待ってて」


 一緒に北海道旅行に行った友人Aが来てくれたようだ。同じ所で働いていないし、連絡もしてないのに何故という疑問は熱のせいで頭が回らなかった。インターホンは外から確認できるカメラタイプを使っている。カメラには友人Aの姿は映っていなかったが、きっとドアに近づいているのだろうと勝手に思い込み玄関へと向かう。

ドンドンドン


「早くぅ」

「はいはい」


 ドアの外から強くノックされた。ぞくりと寒気がしたが熱が出ているせいだろう。部屋から分厚い裏起毛の上着を羽織り、念の為マスクをしてドアを開ける。ギィと悲鳴をあげながら開いたドアの先には友人Aではなく、いつか見た男の姿があった。

 紺の軍服に褐色の肌、特徴的な眉毛が印象的な男性。目を見開いて固まる私とは正反対に薄らと笑みを浮かべて腕を掴まれた。


「やっとおいん事を迎え入れてくれたな。わいに招いてもろうて嬉しかど。さぁ今からおいんところに来え。幸せにしてやっでな」


 男の背後は暗闇だ。身体は思うように動かず腕を引かれ硝煙と血の匂いに包まれた。

[ 3/4 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -