戯言

 会社の飲み会ほど面倒臭いことは無い。空いたグラスを差し出してくる上司に愛想笑いをしながらお酌し、めんどくせぇ、自分で注ぎゃあいいのに、と心の中で悪態とため息をつく。

 会社内での人間関係はそこそこ良好だが、あくまでも円滑に仕事をする上での必要最低限のものだ。個人的に連絡先を交換している人はおらず、休日にご飯を食べに行こうと誘われるのは嫌いだ。休みの日くらい1人でのんびりさせてくれとさえ思う。


「お前ぇ、飲んでるかぁ?」

「飲んでる」


 半分ほどカシスオレンジが入ったグラスを軽くあげて、絡んでくる同僚の男に酒を継がれないようちびちびと飲む。なぜこの飲み会に参加したかというと、前回前々回と仕事を言い訳にして逃げていたが、今日は繁忙期も終わり残業もない金曜日のため、逃げるに逃げられなかったのだ。

 酒はそこまで強い訳では無い。日本酒や焼酎はもちろんビールもアルコール臭くて飲めないのだ。チューハイやサングリアなど甘いものなら量は無理だがまだ何とか飲める。唐揚げやサラダをつまみながら一口ずつ飲んでいた。

 店内の酔っぱらい共のワイワイガヤガヤとした音は好きだが、自分が絡まれるとなると別だ。先程から私の横に座って話しかけてくる酒臭い同僚に適当に相槌を打つ。
 
 うざい、くさい、うるさい。そんな言葉が口から出かかって自分でも目が座ってくるのが分かる。手に持ったグラスをぼーっと眺めていたが、トイレに行こうと同僚に断りを入れ席を立った。



 これはもう帰っていいということかな。トイレから戻ってきたら先程私が座っていた席には別の人が座っていた。1番通路側の席だけ空いており、その隣にはこれまた同僚である尾形が黙々と酒を飲んでいる。ヤツは基本無口だが仕事が正確で早く、期限に遅れることがない。部署内ではありがたい存在だ。しかし、話してみると皮肉屋で人のミスをネチネチネチネチ言ってくる、人を苛立たせる天才だとおもう。

 仕方なしに尾形の隣に座り、店員に梅酒のソーダ割りを頼む。尾形は私の方をちらっと見たが、興味が無くなったのかまた飲み始めた。


「隣、失礼」

「......」


 返事ぐらいしろよ社会人、と思っても声に出さない私は大人である。ジョッキに残っていたビールをぐいっと一気に飲み干した尾形はまだ酔っ払っていないのか顔はいつも通りだ。こいつが間に入れば私は他の酔っぱらい共に関わらなくてもいいし、別に好きでも嫌いでもない上司にお酌しなくていいのでは。

 幸い尾形は無駄口を叩くような人では無いし、無言が辛くないタイプ。無理に話しかけなくてもいい存在は私としては気が休まるし安心できる。むしろ口を開いた方が腹立たしくなるため、そのまま無言でいてもらいたい。


「あんた、意外と食い意地張ってるんだな」

「うるさい。ありがとう」


 遠くなった唐揚げを取ろうと手を伸ばしていると、隣にいる愛想のないやつがとってくれた。相変わらずの憎まれ口にムカッときながらも礼を言う。尾形は口は悪いが基本いいやつなのだ、口は悪いがな。取ってくれた唐揚げにレモンをかけて齧る。私がトイレに行く前に来ていたため、衣はしなしなになってしまっているが美味しい。


「それにしても尾形が飲み会に参加するなんて珍しい」

「たまにはな」

「ふぅん」


 遠くでは新人が上司に無茶振りをされている。自分が新人の頃を思い出して思わず顔を顰めてしまう。あの上司たちは新人をいたわるということを覚えて欲しいものだ。

 同じ方向を向いていた尾形は相変わらず無表情で、いや少し眉間にシワが寄っている。もしかして尾形も無茶振りの経験があるのか。なんでも上手く流しそうなものだが、そうかそうか。意外と尾形でも流せれないこともあるんだな、とその横顔を眺めていると尾形は視線に気づいたのか私の方へと振り返る。


「何見てんだ」

「いや、別に」

「ははぁ、俺に惚れたか」

「黙っていればかっこいいのになぁ」


 前髪を後ろに撫で付けてドヤ顔をするところが腹立つ。肘で脇腹をつつくとハッと鼻で笑われた。つくづく食えない野郎だ。帰りに無様にコケればいいのに。

 そんなだから事務の子達に話しかけられないんだ、とぼやく。一匹狼だが話しかけたら内容はあれとして話してはくれる。見た目は普通にイケメンといわれる部類に入ると思うが、憎まれ口を叩くし愛想が悪いせいで他部署の女性たちに話しかけられないのだ。


「仕事も出来るし、顔もいい、給料もいい、良物件なのにな。尾形は結婚願望とかある?」

「ねぇな」

「即答」

「そういうお前はどうなんだ」

「んー、縁があればだなぁ。自分の価値観とかを否定せずお互いに気を遣いあえて、無言が続いても一緒にいて満足できる人がいい。あと顔が良くて筋肉がムキムキだと最高」


 度数の低い酒ばかり飲んでいたが、酔いがきたのかペラペラと口が回る。尾形に結婚したい人物像を言ったところで「そうか」と返ってきて終わるだろう。

 そう思っていたが尾形はチェシャ猫のような笑みを浮かべていた。これはもしかして馬鹿にされているのだろうか。
 

「俺とかどうだ」

「は」


 手に持っていたグラスが滑り落ち、テーブルの上に大きな水たまりを作る。慌ててコップを立たせ、近くにあったおしぼりで拭いた。その様子を目を細めて口角を上げて見ている尾形が視界の端に映る。

 尾形もそんな冗談を言うことがあるのか、驚いた。さっきの言葉を思い出せ尾形。お前は「結婚願望はねぇ」と即答したんだぞ。いや、こんな冗談を真に受けてどうするんだ私よ。

 私は思っていた以上に動揺していたのか、テーブルを拭いている手がニヤニヤとしているやつのグラスにあたりそうになった。あっと思ったがグラスにぶつかる前に尾形はパシリと私の手を掴んで止めてくれた。


「誰かさんが言うには俺は仕事が出来て、顔も良いらしい。それに給料は誰かを養えることはできるし、週3日でジムに行っているからそれなりに筋肉はある方だ」

「お、尾形......?」


 私の手を掴んだまま尾形は自身の胸元へ当てる。ワイシャツの薄い生地越しに伝わる熱で火傷してしまいそうだ。そのまま自身の肌を撫でさせるように胸からお腹へと手を滑らす。すごい、腹筋が割れてる。掴んでいる手の甲の血管や、袖をまくりあげられ顕になっている前腕の筋などもとても魅力的でキュンとする。

 違う違う、今はキュンとしていてはダメなのだ。そうじゃない、とふと我に返る。


「俺はお前と無言でいても辛くは無い。お前も他の奴らよりいいと思っているはずだ。だから俺の隣に座ったんだろう」

「......くっ!!その顔腹立つ」

「この顔をお気に召しているのは誰だったか」

「私だ!!」

「そうだよなぁ」


 ああ言えばこう言う。この言葉はこいつのために生まれてきたようなものだろう、きっと。

 揶揄われた羞恥心で、掴まれていた手を振りほどき尾形の頭にチョップしようとすると、嘲笑と共に避けられたため、今度は足でげしげしと蹴ると「痛ぇ」と尾形は顰め面をした。


「尾形、お前冗談もほどほどにしなよ。事務の子達に言ったら本当に結婚させられちゃうからな?」

「ははっ、どうだかな」


 自身の髪を撫でつけた尾形に、ケッと吐き捨てると飲み会の終わりを報せる声がした。

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