02



「任務継続、ですか」
「うむ」


三代目から告げられた言葉は、思いもよらないものだった。
頭を下げたまま視線だけを上げ、三代目の様子を伺う。
窓の外を見る三代目の表情は見えないが、声は穏やかだ。


「ですが、今後ははたけカカシが監視役としても機能するのでは」


先日、九尾をその身に封印された人柱力であるナルトがアカデミーを卒業した。
その後、担当上忍のはたけカカシによるオリエンテーションも突破し、無事下忍となった。


「その通り。だが、お前にはこれからもナルトを見ていてもらいたい」
「もう彼にはその必要はないと思いますが」


ナルトが生まれて十年と少し。
まだ言葉もたどたどしい頃に、私は彼を監視する任務を任された。
その真意は、四代目の忘れ形見が無事に成長できるよう見守るため。
一人遺された彼を、里の大切な仲間として育てたいと願った三代目の想いは深い。


「何じゃ、嫌か?」
「そういうわけではないですが...」


大分とやんちゃではあるが無事に成長し、イルカという心から信頼し合える人もできた。
オリエンテーションも突破したということは、同じ班の仲間とも上手くいっているということで。
もう心配ないだろうと、様子を見に行くことはあまりしなくなった。
もうナルトは、立派な木の葉の忍だ。
それに、これからは担当上忍が近くにいる。これ以上私の監視は必要ない。


「お前にとって必要だと思うんじゃがのォ」
「私、に、ですか?」


更に思いがけない言葉に、思わず間抜けな声が出た。
面に空いた穴のように、私は今目を丸くしているだろう。
顔を上げると、こちらを振り向いた三代目は声の通り穏やかな笑みを浮かべている。


「一度、自分からナルトに接触したかと思えば、それからは意欲的に様子を見に行くようになったじゃろう」
「...ご存知でしたか」


数年に渡る監視の中で、一度だけ。
周りから仲間外れにされ、夜が更けてもまだ一人で公園にいるところに、気まぐれに話しかけてみたのだ。
その時の彼が、あまりにも真っ直ぐだった。


「姉ちゃんの目、すっげぇ綺麗だってばよ!」


何も知らないまま全てを失って、周りからは侮蔑の目で見られ、親しい者は一人もいない。
それなのに、まるで流れ星を見た子どものように、きらきらと濁りのない笑顔を見せた。
どうしてこんなに純粋でいられるんだろう。
私はこんなに真っ白でいられなかった。
ただの興味からの接触は、任務への意欲を自然と増していった。


「子どもの成長というのは見ていて面白いじゃろう」
「そうですね...自分と全く違う風に育っていくナルトを見ているのは、とても不思議な気持ちでした」


私にも、もう血を分けた家族はいない。
そんな私を代わりに育ててくれたのは、他でもない三代目だった。


「お前はもう少しわがままに育ってくれても良かったんじゃがな」
「一日でも早くあなたに並ぶ力をつけるのに、そんな遠回りはしてられませんよ」
「早く孫の顔が見たいもんじゃがのう...」


本当の娘のように育ててもらった。
人の温かさを忘れずに済んだのは、間違いなく三代目のおかげだ。
言葉の中にもその温かさを滲ませてくれる、父のようなこの人を護るために暗部に入った。


「木ノ葉丸がいるでしょう」
「男親にとって娘の子はまた別じゃ」


ふん、と唇を突き出す三代目に、今は威厳なんてない。
私も私で、娘と迷いなく言ってくれることが嬉しくて、つい口角が緩む。
面を被っていて良かった。


「...なら、随分長生きしてもらわなきゃなりませんね」
「ほォ。珍しく前向きなことを言ってくれるな」
「生きているうちに一度くらいは親孝行しておこうかと」
「ほほう、期待しておこう」


暗部に入ってからは、家族にも、自分にも甘えてしまわぬよう家を出た。
その分、ごくたまに、親子のように軽口を叩く時間が、とても好きだった。


「三代目!!」
「なんじゃ、騒がしい」


三代目火影と暗部、和やかな時間がそう続くわけがない。
バタバタと想像しい足音を立て、血相を変えた中忍の男が叫ぶように入ってきた。


「は、はたけカカシ班が向かっている波の国ですが、護衛対象を狙う者が元霧隠れの桃地再不斬を雇っているという情報が...!」


はたけカカシ班、つまりナルトのいる第七班だ。
彼らの任務は、タズナという男を波の国に送り届けるだけのCランク任務だったはずだ。
もし情報が正しかったとしたら、彼らだけで向かうには危険すぎる。


「三代目」
「これは予想外じゃのう...名前。直ちにカカシ達を追え」
「御意」


任務継続になった途端にこの展開は、あまりにもできすぎだろう。
そう思いながら、波の国の方角へと跳んだ。
そして、私の世界も大きく変わり始めた。




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