不動はひとり黙々と、橙を纏った南瓜をひっくり返し、がりがりと中身をくり抜いている。聞けば、カボチャオバケ――つまりは、ジャック・オ・ランタンを作るのだとか。まあ確かに今日はハロウィンではあるけれど、急にどうしたのだろうかと思いもする。しかしそんな理由を考えてみても、彼の突飛な行動はわりといつものことだったし、特に理由がないまま始まったりもするのだ。なんであれ、熱心にやっているならばいいかという結論に達した。

「楽しいか、不動」
「んー? まあまあかな」
「そうか」

手先が器用な彼は、スプーンできれいに中身を取り出したり、小振りのナイフで目や口の形に切り抜いたりしているが、やはり生の南瓜はかたいらしく、力の入れすぎで時折手元が狂いそうになっている。怪我でもしやしないかと、見ていて非常に心臓に悪いのだが、見ていないところで怪我でもしたら、と思うと目が離せないのだった。
そうして着々と作り進め、握っていた食器を手放すと、不動は満面の笑みを浮かべてこちらを向いた。

「見て見て鬼道くん、出来たぜカボチャオバケ」

両の手に乗せられたそれは、絵で見たような、実によく出来たジャック・オ・ランタンだった。すごいな、と思ったことを率直に述べて褒めると、だろ? と不動は得意気に言う。その様が、なんだかとても幼い子供のようだったので、頭頂部を除いてきれいに刈り上げられた頭を、思わず右手でゆっくりと撫でた。手の平に伝わる感触は、当然ながら人肌のそれで、見た目通り滑らかだった。驚いて猫のような目を見開き、何度かぱちぱちとしばたく不動は、本当に、何も知らない幼い子供のようだ。

「何急に」
「いや、なんとなくな」
「……ふうん」

納得のいかない様子で相槌をうち、不動はにやりと口角をあげて一歩退いた。たった一歩分の距離が、俺の右手を所在無くさせる。仕方がないから力を抜くように下ろし、緩く手を握る。それを見た不動は、左手に南瓜を乗せ、自由になった右手をこちらへ差し出した。

「トリック・オア・トリート」

ハロウィンの決まり文句だ。お菓子か悪戯か、といったような意味だった気がする。しかし残念ながら俺には選ぶ事が出来ない、答えなど最初から決まっている。俺は菓子など持ち合わせてはいなかった。

「すまんが渡せるものがない」
「じゃ、悪戯な」

答えを聞き、つまらなそうに呟いた不動は、左手に持った南瓜を無造作に床へ落とした。何をしているんだと眉を寄せていると、鈍く何かが崩れる音がした。じゃあなあカボチャオバケくん。その言葉に足元を見遣れば、不動が左足でそれを強く踏み潰していた。異様に白い裸足の指に、ジャック・オ・ランタンの肉片が付着している様は、何故だかやわらかな悪夢を思わせ、俺の頭を鈍く痛める。

「お前……何を、」
「だってお菓子くれないから、だから悪戯したんだよ」

せっかくきれいに出来てたのにね。
残酷に笑った不動は、死んでしまった南瓜から足を離し、元の通り一歩分距離を詰めた。踏み潰した際に足の裏に張り付いた橙が、床に押し付けられてぐちゃりと嫌な音がする。これは後で掃除をしなければならない。思わずため息をついた。

「鬼道くんのその顔、どんなお菓子よりも一番甘い気がする」

そう言って口づけてきた不動に仕方なく応えながら、俺はどんな顔をしていた、と聞けば、教えてやらない、と舌を噛まれた。咥内に広がる痛みと鉄のにおいは、何故だか吐きたくなる程に甘かった。


2011.Halloween
君の不幸を食べてしまいたい。


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