久しぶりに訪れた部屋は、相変わらず埃っぽさと煙の苦さと共にあり、日に焼けて茶色くなった畳には、仕事を終えた洋服がなついている。床に脱ぎ捨てるのはやめろとあれだけ言ったのに、その怠惰な癖が一向に直る気配がないのは、こうして俺が拾ってしまうせいだろうか。しかし俺のこれもすでに癖になっている。右手で拾い上げた服を抱え込む左手は、すでにいっぱいだ。このまま万年床に投げ出してやる、と思ったのに、服を放った先は洗濯機の中だった。あーあ、自分が情けなくなるな。顔をしかめて剥き出しの首の裏をがりがりとひっかくのも俺の癖。

「アスマー、洗濯くらいは自分でしろよ。あと服を床に放るな、めんどくせえ」
「ん? ああ、おー。すまねえな」

冷蔵庫から飲み物を取り出している最中のアスマの声は、屈んでいるせいか少しくぐもって聞こえる。ビールと烏龍茶と牛乳しかねえから烏龍茶な、と言う声に、んー、と投げやりな返事をした。アスマはきっと、さっきの言葉の意味を半分も聞いていない。理解していない、というわけではなく、注意されたことを直す気がないのだ、この男は。
洗面所から居間に戻れば、布団がかけられていない四角い小さなこたつテーブルにグラスを二つ並べ、そこに烏龍茶を注ぐ、煙草をくわえたアスマが見えた。気がつけば口元にあるそれは、もはやアスマのにおいになっている。この大人を構成する要素の一つだ。本当に煙草すきだよなあ、と眺めていると、何お前立ってないで座れよ、と少し笑われたので、おとなしくそれに従う。真向かいに座るのも、隣に座るのもなんだか気恥ずかしくていやだったので、テーブルから少し離れたアスマの左斜め向かいに、片膝を立てて腰を下ろす。それを見てアスマはまた笑った。なんだよ、と声には出さずに眉を寄せれば、お前かわいいよなあ、と言われたので、アスマによって注がれたばかりの冷たい烏龍茶を手に取り飲み干した。この男と居るとひどく喉がかわく気がする。空になったグラスをテーブルに叩きつけるように置くと、たん、と音がした。

「全然かわいくねーよ」
「俺にはお前ら皆かわいいよ」

大人ぶるなと言いたかったけれど、アスマと俺の間には、決して小さいとは言えない歳の差があり、それは消すことの出来ない事実だった。歯噛みすらしたくなるくらいに悔しいけれど、これが現実なのだから仕方ない。アスマは大人で、俺はまだ子供だった。アスマの烏龍茶までも、飲み干してしまうくらいには。
たん、とグラスをアスマの前に置き戻すと、目をまるまるとさせた驚きの表情でこちらを見た。けれどその一瞬の後、困ったような笑みを浮かべて、アスマは口を開いた。

「でもなあ、お前ら皆かわいいのに、お前ばっかりかまっちまうのは、何でだろうな」

そんなの知らねえよ、と言えないまんま、俺は突っ伏した。でこっぱち、といのに昔よく言われた額が、こたつにぶつかり、天板の冷たい感触がする。このまま冷やし続けて、俺の脳を停止してくれたならどんなに楽だろう。俺の頭は馬鹿の一つ覚えのように、繰り返し繰り返し、このずるい大人のことを考えるから、苦しいし、悔しいし、格好悪いったらない。

「寝るなよ、シカマル」
「寝ねえよ」

せっかく、あんたが起きてそばに居るのに、と思ってしまう俺は、どうしたって格好悪くて馬鹿な子供だ。それでも、俺の頭を撫でる手は、お前は頭のいい賢いやつだよ、と何度でも言う。繰り返し、繰り返し。
馬鹿だな、あんた、と口にすれば、急になんだよ、とアスマは笑った。それから、突っ伏したままの俺の顔を持ち上げ、たっぷりと煙草の煙を吹きかけてきた。馬鹿野郎。涙目になりながらむせる俺の目尻を、かさついた指先でそっと拭いながら、アスマがゆるく息をする。それに合わせて、煙草の先が、じりじりと音を立てて燃えて行く。燻る炎。赤は危険の色だ。進むな止まれ。
アスマはまた笑った。

「そんなことは今更だろ」

ああ、知ってたよ、そんなのは。だから俺はこうして、むせるように溺れていくしかない。苦しくてもがいても、抜け出せはしないのだから。

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