ジャンプを片手に帰路を辿っていると、視界の前方に黒い服が見えた。視線を上にずらすと、蜂蜜色の髪を持つ男――沖田だった。
ああ、久しぶりに彼を見た。なんだかんだと頻繁に顔を合わせていたのに、最近ではそれも少なくなっていた。三週間ぶりくらいかな。そんな事を考えていると、彼もこちらに気付いたようだった。

「あ、旦那じゃねぇですかィ、旦那旦那」

そう呼びながら、くるりと愛らしい目をこちらへ向けて、彼は俺を手招いた。えーなに銀さん忙しいんだけど。そう言いながらも歩みよると、彼は右手をずいと差し出した。

「これあげまさァ」

差し出された右手には、コンビニの白く小さなビニール袋。沖田くんが何かくれるとか怖いんですけど、何俺死ぬの? 恐る恐る受け取り中を見ると、そこにはいちごミルクの紙パックが入っていた。驚きと嬉しさと怖さをもって沖田くんをみやると、相変わらずの無表情で口を開いた。
旦那と違って金が有り余ってるんで気まぐれで買ったんですがねィ、買って満足しちまったんでさァ。
前半の台詞に軽く殺意を覚えたけれど、そういう事なら遠慮はしない。じゃあ有り難くもらうわ、どーもね。そう礼を言うと、対価はあんたのいれた茶で勘弁してやりまさァ、と彼はしたり顔で言う。彼の言葉に、タダじゃねーのかよ、と内心思ったけれど、上がる口角はおさえられない。これはつまり、せっかく久しぶりに会えたのだから、時間を共にしたいと言うことだ。見え見えの口実を手の平に乗せ、どうぞ召し上がれ、と彼は笑っている。それならば望むままに振る舞ってやろうじゃないか。口実なんて受容してしまえばそれはもう純粋な理由でしかなくなるだろう。俺はそれに食いついた。彼も自分も、ひねた表現しか持ち合わせていなかったが、望むものに関しては素直だ。俺だって、偶然にも会えた沖田と、久々に共に過ごす時間が欲しい。改めて彼へ顔を向けた。
……ああそうか。にやりと笑う沖田の目を見て気付く。彼の目は表情とは裏腹に、とても温かいものを秘めている。ひとつに気付いてしまえば全てを理解するのは容易く、じわじわと温かいものが全身に染みていく心地がした。普段ポーカーフェイスで、あまり多くを語らないこの青年が、会えない間に何を考えていたか、想像ができた。

「仕方ねーなぁ、銀さんがいちごミルクにも負けないくらいうまい茶ぁ、いれてやるよ」
「それは楽しみですねィ」

彼がくれたいちごミルクはコンビニの袋に入っている。この辺にコンビニは、万事屋とは反対方向に一軒しかない。だが沖田はコンビニとは反対方向である万事屋の方から歩いてきた。来る途中に立ち寄り、俺のすきなものをお土産にと買って訪ねてくれたのだろう彼を思うと、どうしようもなく愛しくなる。気まぐれでも、偶然でもなかった。俺に会えるようにと行動してくれていたのだ。
あーあ馬鹿だなあお前、多くを語らなすぎだよ沖田君。
きっと、言葉や行動の裏にある気持ちに俺が気付かなくても、彼は何もなかったように偶然や気まぐれを装って、ポーカーフェイスの下でひっそりと満たされるのだろう。今のように温かな目をして。

「ありがとな、沖田君」
「……なんのことでしょう」

だらだらと歩いて万事屋へと向かいながら、世間話でもするような調子で感謝の言葉を口にすると、ほんの少しだけ驚きを浮かべてから、いつもの読めない表情に戻り、わずかに口角をあげて沖田はとぼけてみせた。その表情はとても大人びていて、思わずキスをしたくなってしまった。まったく本当にかわいくない奴だ、大人を翻弄してくれる。けれどそこはまあ、大人の意地と体面をもってしてやり過ごしたけれど、玄関をくぐってしまえばそれも呆気なく崩れ落ちて、さらに翻弄されることになってしまうかもしれない。こうして会うのも久しぶりなのだから、それも悪くないか。
ジャンプを買いに行っていて家を空けていたから、呼び鈴を鳴らしてくれた彼を迎え入れることは出来なかったけれど、ちゃんと会えてよかった、彼の気持ちを拾い落としてしまわなくてよかった、この表情を見れてよかった。と、年甲斐もなく甘酸っぱいことを思った。

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