土砂降りの中エースは闇夜に佇んでいる。何をしてるんだよい、と呆れと心配を押さえ込んで何気ない顔で声をかけると、しまったという言葉がありありと見える表情を浮かべた。雨といえど水であるし、能力が炎のエースにはなおのことよくないのではないか。ああそうか、またお前は消えたくなったのか。

「エース、こっちこいよい」

自らも甲板に出て、打ち付ける雨に濡らされながら手招く。ああ、やはり雨に当たると身体が怠い。能力者は海や水にはきらわれるのだからしかたない。 エースは消える前の炎のように瞳をぐらぐらと揺らがせながら、けれど低く唸るようになんでだよ、と言った。
それを野良猫を見るような気持ちで眺めながら、なんでもだよい、と返すと、エースは疑うような視線を向けてきながらも素直にこちらへと寄ってきた。黒いくせ毛は濡れて大人しくなっている。冷えた肩と背、その頭も、かかえるように腕を回して抱きしめる。
しばらく世界から消してやるよい、と呟くと、こんなんじゃ隠れねえし消えねえよ、とエースは震えを抑えるような声で言う。身体にあたるその吐息は温かくて、ああ冷え切ってはいなかった、と安心して、水分を含んだ髪に口づける。一瞬エースが息を詰める気配がしたが、気付かない振りをした。きっとそのことにエース自身は気付いている。それでも何も言わないのは、気付かれたくないという気持ちと、俺の気遣いを無駄にしたくないという気持ちがあるからだろう。彼は馬鹿ではない。
冷えた身体に温度を分け与えるように、ぐっと腕に力をこめても、エースは抵抗をしなかった。こんなんでも我慢しろ、と少し低い肩口に顎を乗せながら言う。するとエースは俺の頬に、雀斑の散る自分のそれを寄せるようにして、こちらへことりと首を傾ける。そうして、濡れて衣服が纏わり付く背中に、しなやかな腕がゆるく回された。どうやら観念したらしい。
そのまま何か反省や謝罪の言葉を口にするかと思ったら、抱きしめ抱きしめられて落ち着いたらしいエースは、少し黙り込んだ。濡れて身体が温度を無くし怠くなっていく中、寄せた身体だけが温かい。エースはようやく口を開いた。

「……あんたの腕の中じゃ、もう消えたいとか思えねえよ」

しぼり出したような声は、もう震えを含んではいなかった。触れた合わせた頬はぬるく柔らかい。生きている者の感触だ。
彼の消えたいという望みを叶えることと、叶えないこと、一体どちらが残酷なのだろうかと、身体と共に冷えて行く頭で考え、それ以前に、俺は望みを叶えてやることが出来るのかという疑問にたどり着く。この世界からエースが消える(温かなこの身体が温度を無くす)瞬間を思うと、まるで凪いだ海に沈むように、静かに身体の芯が冷えて行く心地がした。ああ、俺は一生、エースにとって優しい人間にはなれないかもしれない。その望みを叶えてやれないばかりか、どう手折るかを考えている。叶えないことの方が残酷でも、俺はそれでいいと思ってしまった。この温度を無くすより、そのほうがずっといい。俺の出した結論は、叶えてやれないし叶えない、というひどく勝手なものだった。

「俺はお前の望みを真に叶えてやるほど、優しい人間じゃねぇからよい」

そう言うと、エースはやっと少し笑った。マルコ、あんたは十分優しいよ。顔を見なくてもわかるような、ぎこちないものだったが、それでも笑えるなら、今はもう大丈夫だろう。ほっとしてさらにぎゅうと抱きしめると、エースはほとんど吐息のような声で呟いた。

「……苦しい」

その声は震えを含んでいるような気がしたが、それでも俺は腕を緩めなかった。
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