もう、許しちゃったから」

と兄は言った。それ程までに近くに居て、なんだかもうそれが当たり前のことのようだったのだと。だから許すほかなかったのだと、懐かしむように、静かに。けれどわたしは納得出来ないままだった、ひとり置いて行かれた気分だ、何を、許したと言うのだろう、私の兄は。
きっと拗ねた顔をしているに違いないわたしの顔を見て、兄は宥めるような笑みを浮かべた。

「許したんだよ、俺は俺を。無愛想なままあいつのそばに居る俺を、許したんだ、そばに居ようとする、あいつごと」

そう、先の未来を懐かしむように、愛おしむように、穏やかに笑う兄に泣きたくなる。私は。
私はきっと、小さな恋心の終わりを思って泣いているのではない、だってそんなものはきっと、もう随分と前に友情にすり替わっていた。だから私がいま泣いているのは、ひとりで置いて行かれた気分になっているのは、そばに居る二人が、手を繋いで遠くの未来を見ているからだ。だってそこに、私は居ない。私の知らない二人がそこにはきっと居て、それを私が知る事はこの先ずっと無い。妹や、同級生、友人では越えられない、見えないものがあるのだという事は、二人よりも遥かに子供な私にだって分かる。
分かるんだよ、お兄ちゃん。
だから私がいま泣いているのは、ひとり置いて行かれる事が寂しいからで、幼いまま、ずっと一緒に居る事など出来ないと、薄々感づいていた苦い現実を、その身体に飲み込まなければいけないからだ。
弱い幼い自分を思って泣く私を、兄はどこまでも大人のような、すべて分かり切った顔をして呼び、その腕に抱きとめた。

「大丈夫だ、もと、なんも変わらないよ、俺はずっと兄ちゃんのままで、あいつは、北原は、ずっとお前のすきな、優しい賢い男だよ、変わらないよ、もと」

大丈夫、もとはずっと俺の大事な妹だよ。そう言って私の頭を、背中を優しくさすり、あやすようにやわらかく叩く兄の声が少しだけ震えていた事を、大人にはなれないけれど子供のままでもいられなかった私は気付いていた。けれど気付かない、気付いていないふりをした。いつも静かに優しい、年上の血縁者であるこの男が、私の事を考えなかった筈がないと、私の事を思わなかった筈がないと、気付いてしまったから。
自分を許したのだと言った、兄の抱えた葛藤にはきっと、私を泣かせてしまうだろうという危惧があった事、けれど自分にも彼にも誠実で居たかった事が、見えたから。
この腕はあまりにも大人で、守られてばかりの私は、この腕が私だけのものでは無くなることがやはり寂しかった、涙はあふれて止まらなかった。けれどこんな風に、いつまでも兄は私の兄なのだと、当たり前の未来を思うと、ああ、本当に何も変わることなどないのだと、不思議と安堵した。

「……ずっと私のお兄ちゃんでいてよ」
「ずっとお前の兄ちゃんでいるよ、北原も変わらない」
「…………うん、お兄ちゃん」

すこし風の冷たい、巣立ちの日。

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