さっきから何度か、訪問を知らせるチャイムが鳴っている。今日は新八も神楽も居ないのだから自分が出るしかないのだけれど、どうにも起きあがる気力がない。布団に入ってはいるが眠気はないし、酒に酔っているわけでもない。けれどだるくて仕方ないのだ。はやく諦めて帰ってくれよ、と目を閉じながら思っていると、玄関の引き戸が開く音がした。どうやら鍵を掛け忘れていたらしい。不用心だよな、と思うよりも前に、ああまた来たか、と考えた。予想は当たっていたらしく、聞き慣れた声がする。

「邪魔するぞ」

邪魔だって分かってるなら来るなよ、第一電気点いてないのになんで居るって分かるんだよ、などと皮肉めいたことを思いながらも、口にはしないし起きあがりもしない。そうこうしている間に、するすると滑るような足音と気配は、着実にこちらへと向かってきている。とうとう事務所と寝室を仕切る襖の前まで来たらしい、隔てた戸の向こうから、開けるぞ、と声がした。
たん。静寂を保っていた室内に、襖が開く音が反響する。返事もしていないのに勝手に開けやがったこいつ。立派な不法侵入だと思うんだが、訴えたら金を貰えるだろうか。いや、こいつもあまり持ってはいないに違いない。まだ目を閉じたままでいると、銀時、と静かに名を呼ばれた。俺はそこで漸く瞼を開く。月明かりのみが光源の暗い室内に、長髪の男が凛と立っていた。勝手に入ってきた癖に、妙に堂々としたその姿勢になんだか腹が立つ。この男にはひとを苛立たせる才能でもあるんじゃなかろうか。

「うるせーんですけど。ていうかお前不法侵入」
「声はかけたぞ」
「そういう問題じゃないんですけどー」

俺の小言を聞き流して、桂は枕元まで歩み寄ってきた。そのまま布団の傍に腰を下ろす。その重みを受け止めて、畳が軋んだ音を立てた。

「何しに来たんだよ」
「エリザベスが帰らなくてな」

ああ、ようは寂しかったのか、と思っていると、少しだけ上体をかがめて、桂が唇を合わせてきた。その動きに合わせて、やわらかく長い髪がさらりと揺れるのを、ぼんやりと視界の隅に見た。真っ黒い髪なのに、どうしてこの色に闇を覚えないのだろう。この男から、暗いものを見たことがない。再び上体を起こし、暗がりの中こちらを見下ろす目には、強い光が宿っている。おかしな話だ。今この部屋を照らすものは、淡い月明かりだけだというのに、俺の目には、確かにそのように見えるのだ。眩しくすら感じる。思わず目を細めた。

「……お前、むかつくな。真っ直ぐで」
「なんだ今更。こればっかりはやれんが、俺はお前の天パもすきだぞ」

そう言って、右手でくしゃりと髪を撫ぜられた。どうやら髪質のことだと思ったらしい。そういうことじゃねえよ馬鹿、と悪態をついて、頭を触る手を払い、仕方なく引こうとしたところを掴んで、ひとさし指に噛みつく。痛い、とわめく声は無視して、形のいいつるりとした爪を舌先でなぞり、先ほどと同じ場所に、今度は甘く歯を立てる。すると息を呑むような、少しばかり戸惑ったような気配がしたので、俺は満足して桂の手を離した。一瞬の間を置いて息をついた桂は、唾液に塗れた指先を持て余しながら、馬鹿じゃない桂だ、とこんな状況でも常通りの真面目な顔で、的はずれなことを言う。本当に空気の読めない奴だ。そうやっていつも、色々をぶち壊していく。よくも、悪くも。

「うるせーんですけど。もう、黙れよ」

意識して声を低め、囁くように呟くと、空気を読まない発言のせいで霧散していった空気が、一瞬にして戻る。どうやら、先程の安い挑発に焚きつけられていたらしい。桂は表情を崩さないまま、噛み跡がついているであろう指を舐めた。むっつりめ。そうして再び降り落ちてくる口づけに目を閉じて応えながら、呼吸の合間にまぶたを持ち上げ、互いの視線を交わらせる。その瞳には欲情の色が滲んでいたが、変わらずに光を宿しており、まるで意志の塊のような目だと思った。

「硬かったりしてな」

そんな気まぐれで、桂の両目へ手を伸ばし、反射的に伏せられたまぶたの上から、指先でそっと押すように触れてみた。けれどもちろん硬いはずもなく、薄い皮膚で出来た保護膜の中には、温かくやわらかい眼球が存在しており、その弾力が、指をやんわりと押し返してくる。閉じたまぶたの奥で、その目が僅かに向きを変えたのを指の腹で感じ、頬へ滑らせるようにして目元から指を離した。そんな俺の言葉や行動が不可解なのか、桂は少し首をかしげ、ぼやけてしまった視界を鮮明にしようと、まばたきを繰り返している。光よりも闇が強いこの部屋では、はっきりと見取ることができないけれど、こいつはまつげも直毛だったよな、と見飽きたそれを頭の中で思い浮かべ、やっぱむかつくわ、と呟く。
そんな真っ直ぐさ、俺には無い。

「銀時……意味が分からんぞ、何だと言うのだ」
「さあな。ヅラはヅラだなって話じゃねぇの?」
「ヅラじゃない、桂だと言っているだろう」

そんな事を言いながらも、マイペースに口づけをしてくるのだから、ヅラはやっぱりヅラだ。天へ向かって伸び続ける木のような、すっと通ったものがある。俺のような人間には、その姿が鬱陶しいほど眩しくてたまらないのだと、お前は知っているのだろうか。でも一生、わからなくていい。そのまま、馬鹿なまんまでいろよ。
随分と勝手な願いを胸の内でして、欲しくて堪らないものに俺は手を伸ばす。どうか、真っ直ぐ届くようにと、素直さなど持たぬ手で、指で、目で、それでも。

「桂」


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