あの人のことを考えながら歌った。人も自分も大切にできないあの人のこと。いつもなら道端で歌っても見向きもされないか、音楽以外のものを求めて声をかけてくる人ばかりなのにその日は三人の人が立ち止まって最後まで曲を聞いてくれた。わたしは帰り道ちょっとだけ嬉しくて、鼻歌を歌いながら駅の階段を降りた。そしたらあの人がいたのだ。まだ肌寒いのに彼は薄いトレーナー1枚しか着ずに、パンツの片足の裾を捲り上げたまま自転車の横に立っていた。
「どしてここにいるの?」
「待ってたんや」
「どうして?」
答えずに御堂筋くんは自転車を押して長い脚でズンズン歩いて行ってしまう。アコギを背負いながらわたしは小走りに彼の横についた。御堂筋くんが着てるトレーナーの肘の下のところの、生地がたるんだところを掴んでも彼は起こらなかった。
「今日ご飯食べてってもいい?」
「君が作ってくれるんならええよ」
「カルボナーラでいい?」
「そればっかやん」
「それしか作れないもん」
二人でスーパーで買い物して、御堂筋くんのアパートに帰って、結局彼がおいしい豚汁を作ってくれた。
ご飯を食べ終わった後、わたしの好きな音楽と彼の好きな音楽を交互に聴いた。わたしはロックばっかりで彼はクラシックなのに、飽きることなく黙ってそれを続けた。日付が変わってから御堂筋くんに家まで送ってもらった。
御堂筋くんの上着を掴みながらの帰り道、まだ曲を作ったこともないくせに、今夜彼の歌を作ろうと思った。彼についての歌ならわたしは作れると思った。
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