お兄ちゃん達の部屋の方に忘れ物をしたことに気づいたのは午前1時だった。
「寒ぃ〜」
隣の部屋へ行くためには玄関から一度出る必要がある。薄着の体に容赦無く冬の夜風はぶつかってきた。寒い寒い。月を見上げながら小走りで玄関を開けた。大抵鍵は掛かっていない。薄暗い廊下を進んで目が慣れてくると二つの布団が見えた。ジェノスさんが来てからこの部屋は狭くなったなと思う。
手探りで目当てのものを探した。たぶんテーブルの上とか、その辺にあるはず。そうして探しながら、わたしは小さな声を聞いた。
「父さん……母さん」
お兄ちゃんの声ではない。ジェノスさんだ。ジェノスさんの声のはずだけど、聞き慣れたものではなかった。わたしはこの人の、こんなに弱々しくて幼さを感じさせる声を聞いたことはなかった。
「ジェノスさん?」
呼んでみても返事はなかった。眠っているんだ。床に膝を付けたまま静かに彼の布団に近づいて、顔を覗いてみた。
「あ…」
思わず声が漏れてしまった。いつもたのもしくて勇敢な彼の目尻からは涙が流れていた。カーテンの隙間から入った月の光は彼の涙で少しだけ反射した。綺麗な、サイボーグの涙だ。
また母さん、父さん、と彼は呟いた。彼が家族を殺されて、復讐のために狂ったサイボーグを探していることは知っていた。彼が家族を失ったのが、15歳の時だということも知っていた。
少しだけ鼻頭が熱くなった。すん、と息を吸って、わたしは布団の上に投げ出された彼の手に触れた。無機質だけれど温かいそれは暫くすると優しく握り返してきた。
「 」
呟かれた女の子の名前。それが彼がわたしを本当の妹のように可愛がってくれる理由なんだろうと思った。
「おやすみジェノスさん」
額を優しく撫でてから寝言はなくなった。
.