救難信号


臨也は布団を引き寄せ、そのまま頭までかぶった。組み敷かれている静雄の視界も暗くなる。
近い距離にある臨也の顔は、もちろん把握できた。

「寒いね……」

吐息がくすぐったい。

「寒くない」

食欲も満たされ、臨也の体温と布団のおかげでそれほど寒さを感じていない。そう事実を告げると、彼は不満そうに口を尖らせた。

「もう、こういう時は嘘でも寒いって言うんだよ」
「…………」

首筋を唇で撫でられて、体が震える。

「……っ」

そうなのか。ムードとかいうやつか。そう思って少し反省した。
慣れないことを言いわけに、いつも受動的になってしまう自覚はある。どうにか慣れた言動を取りたいと思っても、甘えることすら一苦労で先は長い。

「ま、いいや」
「……さむい」

それでも、少しでも臨也が喜ぶかと思ってひねりも何もない言葉を洩らした。そもそも、彼に言われた言葉だ。言い終えると同時に後悔した。
どうにも自分はうまくない。
けれど。

「ふふ。ありがと」
「――っ」

臨也は目元を染めてあでやかな花のように笑った。
心臓に悪い。いつもいつも、こうやってこの男は自分の胸を締めつける。

「じゃあ、あたため合わないとね」

指が器用にボタンをはずしていく。狭い布団の中で脱がされる感覚はなんだかくすぐったい。

「……どうやって?」
「裸で」

訊ねれば即答される。もはや彼の中では決定された事項だとわかる。
反論があるかと聞かれては言葉に詰まることも、目に見えていた。

「……寒いだろ」

暖房もきかない部屋で、裸で重なるなんて。
恥ずかしさに呟くと、小さく笑われた。

「すぐに寒くなくなるよ」

その言葉に体が先に反応した。もう慣れ親しんだ感覚だ。とけ合って熱を共有する感覚は。
この震えは歓喜と期待だ。誤魔化しようもない。そもそも、臨也にはすべて知られている。取り繕うのも馬鹿らしい。
腕を、そっと彼の背中に回した。

「だったら……いい」

続きを促した。
寒さはとっくに感じていない。けれど、自分の上にいる男とふれ合う心地よさと、さらに上の熱が恋しい。
体の力を抜いて目を閉じる。すべてをゆだねるという意思表示だ。
それとほぼ同時に、唇を塞がれた。





「ん……冷たいね」

体の熱は確実に上がっていたが、さすがに末端は冷えたままだ。
静雄の指を咥えた臨也は囁いた。

「だ、暖房、つかない、から」

濡れた指先と臨也の顔を直視できない。
取りとめのない言葉に臨也は頷いた。

「じゃあ、あったかくなったら俺の家に行こう」

今から行けばいいのに。
そうは言わなかったし、思わなかった。

「……ん」

かすめるような口づけに吐息が洩れる。指先とは違い、唇は熱さでとけてしまいそうだ。
こんなに気持ちのいいことを中断してまで、暖を求めてはいない。
けれど、彼の家で彼の寝室で、自分がどんなふうに甘やかされるかを知っているせいで、どうでもいいとまでは思えない。

「終電……」

一抹の危惧を口にすると、臨也はほがらかに笑った。

「車できたから」
「……そっか」

笑いながら彼は自分の額に唇を落とした。
なんだかあやされているようで恥ずかしい。

「もう、心配ごとはない?」
「最初からねえよ、そんなの」

拗ねた口調に臨也はさらに笑みを深くした。
つい一時間ほど前までの不機嫌も寂しさも、すべてが消えてしまっている。重ねられる唇が何もかもを消したのだろう。

「ン――」

口内をさぐる舌の動きがいやらしい。絡めようとつたない動きで必死になって追う。

「……ぁ」

すると待ちかまえていたように舌を強く吸われて、下半身が脈打った。
眩暈がする。
布団がかぶさっているせいで、どんどんと空気が熱くなる。酸素すら少なくなっている気がした。

「……ん」

息苦しさはきっと、嬉しさのせいなのだと知っている。

「……可愛いね」
「ど、こが」

熱に浮かされたような臨也の声に呆れてしまう。
こんな、図体の大きなとっくに成人した男を捕まえて何を言うのかと。

「ぜんぶ……」
「…………」

そして、さらに呆れるのは、この男の言葉に嘘が感じられないということだ。可愛いなどと、恍惚とした声音で言われてはたまらない。
頭は、目は大丈夫か。
そう思っても、きっと夜目にも真っ赤に色づいた今の自分では何を言っても無駄だろう。

「……おまえのほうだろ」
「そう?」

少なくとも、見た目は自分などよりずっと愛らしい。そう告げてやると、臨也は、はにかんだ笑みを浮かべる。
正直そういう表情は、誰よりも可愛らしく自分の目には映るのだ。

「嬉しい」
「……馬鹿だろ、おまえ」

こらえきれずに震える声で悪態をついた。
目の毒だ。しかし、いくら光がなくとも、この距離では何もかもが鮮明だ。
目の前の男はあどけない表情で首をかしげた。

「どうして? 恋人には可愛いって思われたいよ。もちろんかっこよくて、頼もしくも思われたい。それに、色っぽいとか、すてきだとか……全部、ぜんぶ」

震える指を伸ばす。
臨也の頭にふれた。

「シズちゃんの一番は、俺でないと、嫌だ」
「――ッ」

我慢ができる許容範囲は限界を超えて、その唇にかぶりついた。






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