秋霖


「……ッ」
「冷たくない?」

ローションで濡れた指を窪みに押し当てると、静雄の体が強ばった。
手の中で人肌に温めた液体はそれでも違和感があるのだろう、静雄の眉間には皺が寄っている。

「大丈夫。急に挿れたりしないから。安心して」
「……ん」

それでも体が硬くなってしまうのはどうしようもないのか、静雄は困ったように臨也を見上げる。

「いいよ、無理に力を抜こうとしないで」

安心させるように唇に吸いつくと、臨也は濡れた指で閉じた穴のひだをなぞるように、ゆっくりと指先を動かした。

「……ッ」

辛抱強く何度も撫で上げていると、違和感に慣れたのか、僅かではあるが静雄が足の力を抜いた。
その隙を逃がさずに、臨也は指を一本だけ、中へと差し挿れた。

「あ!」

指が締めつけられる。押し返そうとする力は強く、臨也は少し強引に第二関節あたりまでを埋めこんだ。

「ぐ……ッ」
「シズちゃん、大丈夫だよ。怖くないから」

少しでも彼がつらくないようにと、臨也は慰めるように何度もキスを繰り返す。
後ろに挿れた指を時折動かすと、たっぷりと絡めた潤滑油の水音がいやらしい音を立てた。

「あ、う……」

静雄の呼吸に合わせるように、指をゆっくりと抜き差しする。
その違和感や不快感は相当なものだろうに、静雄は無意識に閉じそうになる足を無理に開こうとしていた。

「シズちゃん、無理しないで」
「む、りじゃねえ……っ」
「馬鹿だね……時間なんて、いっぱいあるんだから。それに」
「ッ」

指を奥まで押し挿れた。

「俺は酷いって、言ったろ?やめてあげるとでも思った?」

そう囁くと、静雄の表情が安堵へと変わる。
苦しそうにしながらも、臨也の指を飲みこもうと腰をゆっくりと動かした。
その姿に煽られて、臨也は二本目の指を突き挿れる。

「ッあ、あ……」
「……息、して」

臨也は静雄の頬に唇で触れた。
生理的な涙が幾筋も流れていて、それを舌でなぞる。

「痛かったら、ちゃんと言うんだよ?……気持ちよくなれるところ、探してるから、ね」

臨也の頬を伝った汗が静雄へと落ちる。
それを横目に、臨也は意識を指に集中する。
狭い中を探るうち、闇雲に動かしていた指がある箇所に触れた。

「ッ!?あ」
「……あ、よかった」

目を見開いて驚く静雄に、臨也はほっとしたように笑いかけた。

「ここ、気持ちいい?」
「ひ……!あ、や、やめっ」

優しかった指が、急に強く中をまさぐった。
静雄は悲鳴のような声を上げて静止を懇願したが、臨也は指をとめない。
それどころか指を増やして執拗にそこに触れた。

「や、い、臨也……そ、そこ」
「ここ、ね。大丈夫。気持ちいいなら、やめなくていいんだよ」
「い……ッあ、ひ、あぁっ」

体も声も震わせて、静雄は臨也の顔を見つめ返す。
こんなのは、知らない。これはなに。
そう問いかけられている気がして、臨也は背筋が粟立つのを感じた。

「っ俺の、に、なるんだよ。シズちゃん。……何も、怖くないよ」
「……ッ」

指を引き抜くと、静雄の喉が震えた。
後孔が切なげにひくつくのを見て、臨也は自分の理性が焼き切れたような気がした。

「う、あっ」
「ッ、シズちゃん、息、吐いて」

自分のそれを押し当てると、ゆっくりと腰を進める。
指よりも太く、熱いそれに静雄は息をすることもできないでいるようだった。

「ゆっくり、するから。ね?痛くない……?」
「あ、あ……あ」

臨也自身、自身が千切れてしまいそうなほどの圧迫感に息を呑んだが、表情には出さなかった。
残っている理性をかき集めて、優しく笑ってみせた。

「いざ、や……っ」
「うん、大丈夫。大丈夫だ、から」

熱に浮かされたように静雄は臨也の名前を呼んだ。
それに応えながら、臨也は静雄の涙や唇から零れる唾液に舌を這わせて、慰めとも性的な刺激ともつかない愛撫を与える。

「判る?俺の、シズちゃんの、中、に入ってる」
「……ッ」

根元までを押し挿れられたそれに、静雄は苦しいのかそれとも無意識にか、自身の下腹に手を伸ばす。

「い、臨也……俺」

彼のかすれた声が何を言いたいのか、臨也には判っていた。
無理な体勢ではあるが、強引に唇を合わせて舌を吸う。
状態が状態なだけに、二人の息はすぐに乱れた。

「気持ち、いい?」

離れ際、臨也が何度も訊ねた言葉を囁くと、静雄の瞳が不安げに揺れる。
口を開いて、けれど言葉を探すように数度閉じては開くという動作を繰り返して、静雄はぽつりと呟いた。

「…………おまえ、は?」
「……っ、も、この状況で判らないかなぁ」

思わず目を閉じた。そうしなければ情けない声が出そうで、臨也は唇を噛む。

「俺はね、もう、気持ちよくて、死んじゃいそう……ついでに言うと、わけ判んなくなって、なんか、泣きそう」

事実、鼻孔の奥が痛い。目も潤んでいるのが自分でも判っている。
臨也が熱い息を吐き出しながら素直に答えると、静雄は瞠目して、そして顔をくしゃくしゃにして言った。

「俺、だって……気持ちいい」

最後のほうは涙声で鼻を鳴らす静雄に、臨也は苦笑した。

「俺が泣きそうって、言った、のに」
「……うるせえ」

もう一度唇を合わせると、臨也は静雄の耳元で囁いた。

「動くよ」

真っ赤に染まった耳が、小刻みに震えていた。





「あ、ああっ」
「ッ」

静まり返った寝室に響く水音は、あまりにも淫靡で、臨也は視覚も聴覚も犯されてしまっているような気分だった。
加えて静雄の媚態に何度も腰が震えた。
抽挿のたびに彼の体が跳ね、喉からはこらえきれない色めいた悲鳴が上がる。
時折悪戯心を起こして胸や彼の性器に触れると、やめてやめてと言いながら体をそらすが、臨也の手が離れてもやめてと泣き声を上げる。
「やめないで」とは、羞恥が邪魔をして言えないのだろう。
そんな静雄の心中をどこまでも理解している臨也は、一度も彼の制止には従わず、好き勝手にその体を堪能した。触れて、舐めて、噛んで、吸って。あらゆる刺激を与えながら、徐々に腰の動きも激しさを増す。

「あ、あッ……!ひ、ぅあ、あッ」
「……ッ」

やがて声を抑える余裕もなくなった静雄の様子に、臨也は彼の下半身へと手を伸ばし、性器を強く握る。

「そのうち、うしろ、だけで……気持ちよくなれる、ように、いっぱい練習、しよう、ね」
「あ、あッ、や、あぁッ、い、臨……ッ」

手の中のそれを刺激しながら、臨也は自身の限界が近いことも判っていた。
腰を叩きつけるように乱暴とも思える激しさで動かすと、静雄はたまらず泣いた。
嗚咽の中には甘い声が確かに潜んでいて、臨也は滴る汗でぼやける視界を拭い静雄の表情を余すところなく脳裏に焼きつけるように見つめ続ける。
そんな臨也の視線から逃げるように静雄は体をよじったが、顔を隠そうとすればその腕をシーツに縫いとめられ、そむけようとすれば荒々しく口づけられて、あらゆる抵抗を封じられた。
朦朧としたまま、静雄が体を痙攣させる。

「あ、ああ――ッ」
「……ッ」

熱い飛沫を腹に感じながら、臨也も静雄の中に精を吐き出した。





「ッふ……う、あ」
「…………シズ、ちゃん」

意識があるのかないのか、蕩けた瞳の静雄に折り重なるように倒れこんだ臨也は、どうしようもないほどの虚脱感と疲労に襲われた。
ただ、これ以上ないほどの心地良さでもあるそれは、一気に臨也を眠りの淵へと引きずりこもうとする。
何とか静雄の顔を覗きこむと、彼はもう半分も目を開いていなかった。
最後の気力を振り絞ってその唇に口づけると、静雄は安心したように笑って、目を閉じた。

「……おやすみ。今日は、二人でズル休みしようね」

外はまだ暗いが、ベッドサイドの時計は深夜というよりは早朝といえる時刻を指している。
臨也は先に眠りについた静雄の額にキスすると、幸せとしか言いようのないの香りに包まれながら、温かな彼の体の上で自身も意識を手放した。






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