私は貴方の従順なしもべ


救われない。
絶望するには、心が疲弊しきっていた。
惰性のように生きて、意味もなく生に縋りついていた。
このまま老いて、やがては死ぬのだと信じて疑ったこともなく、それ以外の可能性を想像もしなかった。
夜に囚われた、あの日まで。

「あ……」

息苦しさはそのままに、徐々に体が熱を持つ。
教会にいるという事実は、なんの歯どめにもなりはしない。
先ほどまで言葉をかわしていた村人や子供たちの顔も、浮かぶことはなかった。

「ひ、ぁあ、あ……あ」

いけないとわかっている。けれど、どうしようもないのだ。自分の意思ではもう、何もできない。
熱に浮かされたまま静雄は指を這わせ、服の裾を割って下半身にふれる。

(ああ……)

布越しでもわかる。反応しきっていた。
神聖な聖職服の上から、静雄は自分の性器を握る。

(熱い)

ほう、とため息が洩れる。
ここが教会であるとわかっているのに、突き上げるような、背徳的な欲求に逆らえない。
硬くそり返ったペニスの感触は新鮮でもある。これまで快楽とは無縁だった静雄の人生の中で、性のなんたるかを知ることはなく、また必要もなかった。
静雄とて人間だ。溜まるものはある。けれど、それは肉欲とは呼べない、単なる排泄行為と同等の価値でしかない。
射精は義務的に乱暴に、自慰と呼べるかどうかわからない一人の行為でおこなっていたが、心地いいと感じることなどなかったのに。
なのに、今は。

「ん、んン……」

わずかの刺激にも簡単に反応し、喘ぎをこらえきれない。
淫靡な想像が脳裏をよぎる。妄想の中に現れるのは、たった一人だ。
赤い目に白い肌。そして、漆黒。

「あ、う……っ、ぁあ、ン」

あの夜に、美しい化け物に犯され尽くした体は、もう自分のものではないようだった。





血と精臭と、みだらな嬌声にまみれた、あの時間。
化け物に凌辱され、確かに悦んでいた自分が鮮やかによみがえる。
あの男から与えられる快楽は、この世のものとは思えなかった。

――アアッ! ……や、め、ヒ……ッ

――どうして? どうしてこんなに気持ちのいいことを嫌がるの? ねえ、神父様

――あ、ああ、あ……頼む……ゆる、し……

――許してほしい? 誰に? 何に?

囚われ、体を暴かれた。
肉体は自分と同じ人間のそれのはずなのに、あの男の指や舌は淫猥な性器のように思えてならなかった。
ふれられた箇所は燃えるように熱を持ち、痛みとも痒みともしれない感覚に震え、思考まで奪われる。

――いや、いや、だ……っ! やめ、やめてくれ……!

――何が嫌? ちゃんと言えたら、やめてあげてもいいよ

必死にわめいた矢先、男はそんなことを言った。
何が嫌だなんて、そんなこと、決まっているではないか。

――こ、こんな……

震える声をしぼり出す。
けれど、言葉が続けられない。
何が、嫌なのか。
化け物に凌辱されることだろうか。それとも、情けなく喘ぐ弱い自分。もしくは、快楽に溺れる体。
どうしてか、どれも違う気がした。そして、そんなことを考える自分に戸惑った。 
魔物に犯され凌辱されているのに、自分はどうして――。

――あ……

――理由が見つからないようだから、続けようか

嘲笑され、涙が滲む。否定できない自分に愕然とした。
乱暴なのに繊細で、力強く、優しい。男の手や指、そして舌や性器に至るまで、そのすべてが静雄を翻弄し、堕落させる。
挙句、彼の表情や声もいけない。化け物の全身で犯されているような、そんな心地だった。

――あ、ぁああ、アッ

――ふふ……かわいい声を上げるじゃないか。君の体は格別の味がするね

――ひ、あ……ッ

なぜこの男が自分を犯すのか、それもわからない。
理由など、考えるだけ無駄なのだろう。人ではないのだから。
化け物の気まぐれか、淫魔の戯れか。
なんにせよ、男にとって自分はちっぽけな存在にすぎない。物珍しいものを見つけ、手を出した。ただ、それだけ。

――……っ

それを思うと、なぜか涙が溢れた。
しかし、心に反して体は従順に開き、犯される悦びにとろけていく。

――はははっ! 神父様はずいぶんと好色なんだね。自分で腰を振っちゃうくらい、気持ちがいいんだ?

――ちが……っ! 違う、ちが、う……ぅ

認めたくない。
それを認めてしまったら、自分はもう。

――ああ、締まった。へえ……どうも君は聖職者のくせに嘘ばかりだね。ほら、こんなに嬉しそうに動くのに……

――う、あ、ぁああ、アッ、ひぃっ

――いけないことをしてるのに、感じるの?

――ひ、あ……っ、ん、あ、ああッ

――いやらしい神父様。その口で何度、嘘の言葉を吐いた?

やめてくれ。もう、これ以上は。
自分の内側を容赦なく暴かれ、さらけ出されていく。言い訳のできない状況に、静雄は恥も外聞もなく泣いた。
やめて、許して。聞き入れられることはないと知りながら、哀願せずにはいられない。
化け物はそんな自分の痴態をあざ笑い、なお激しく突き上げてくる。

――神を讃えて、もっともらしく愛とやらを説いたんだろう? ……愛を、知らないくせに

――ヒィ、ぁあ……っ、あっ、あアアッ

知られてしまった。すべて。嘘にまみれた自分の何もかも。
美しい男は静雄を糾弾するように、その体を蹂躙する。

――言いなよ、本当のことを。自分は化け物に犯されて感じる、いやらしくて浅ましい男です、って

――あ、は……っ、う、あ、ああ、や……っ

そんなこと、言えるわけがないのに。そう思ったが、徐々に意識がかすみ、自然と唇が開く。
なぜ、と目を見開いた。

(あ、ああ、あ)

言ってはいけない。言っては駄目だ。
言ってしまえば、自分はもう。言ってはいけない。言っては――。
残りかすのような理性が警鐘を鳴らす。
けれど。

(…………本当、に?)

言っては、思っては、いけないことだろうか。どうして、何が。
思考が傾く。
疑問を持ってしまったら、すべてが壊れてしまうとわかっているのに。
もう、何も考えられない。

――ッ

滂沱の涙が流れ落ちる。快楽に流され、静雄は抵抗を諦めた。
わななく唇からは、喘ぎと熱い吐息、そして。

――ん? ……聞こえないよ。喘ぐ声は大きいくせに、どうしてそんなに小声なのさ

――あ……

その瞬間、静雄は悟った。
粉々に打ち砕かれ、自身の内にあるすべて。清いものも汚いものも、そのすべてをさらけ出され、男のすべてを受け入れるしかない。
過去に死を覚悟したときでさえ、こんなにも恐怖したことはなかった。

――あ、ぁあ……あ

恐怖し、それ以上の喜びと快楽に満たされる。自分というものをことごとく失い、けれどより大きなものを与えられる。

――あ……っ

屈服する――。
その意味を、身をもって知った。
悦びを知ったそのときに静雄は悟った。
自分はこの残酷な化け物の手に、何もかもを受け渡してしまったのだ、と。






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