召し上がれ


濡れた体をおざなりに拭いて、寝室にもつれるようにして転がり込んだ。
ベッドの上に投げるようにして乗せられる。すぐに静雄の体が自分を覆う。

「ね、ね」
「なんだよ」

唇を合わせながら、呼吸の合間に囁きかけた。静雄はまるで行為を邪魔されたとでもいうように、眉をしかめている。
そういえば自分は一度射精したものの、彼はいまだに熱を解放していない。じれる気持ちはわからないでもなかった。
ただ、思いついた妙案を口にしたい欲求がまさる。
頬をすり寄せて、耳元でそっと囁いた。

「今日さ、自分でうしろ、ほぐしてみて」

その言葉に、今まで自分の背をせわしなく這っていた指の動きがとまる。

「……な」

唖然とした声に、顔を離す。目に入った彼の表情は酷くうろたえていた。

「やり方、わかる? いつも俺がやってるみたいにすればいいから」
「な、え、あ……」

狼狽する様子に苦笑した。風呂場での威勢はどうしたとからかうと「あれは、おまえが……」などと言いわけして口ごもってしまう。

「俺が、なあに」

自分は何もしていない。ただおとなしくいつものように洗われていただけだ。そんな自分の体を好き勝手にもてあそんだのはどこの誰だったか。忘れたとは言わせない。
追求の手をゆるめずにそのことを突くと、静雄は低く呻いて切れ切れの声を洩らした。

「――お、おまえ、が…………綺麗、で、いやらしい、から」
「…………」

言われた言葉の内容に、思わず瞠目する。

「だ、だから、ああいうのは、できた、けど」
「……シズちゃん」

必死に弁明を紡ぐ口を制した。これ以上はいけない。恥ずかしいことを口走ってしまいそうになる。

「無理なら、それでもいいから」

そっと、彼の手を取った。

「俺も、ちゃんと手伝うし、教える」

指先に唇で触れる。やがて口を開き、口内へと導いた。

「……ッ」
「ね、だから――」

長い指を舌で濡らしながら上目遣いに懇願する。

「お願い……」
「…………」

真っ赤になった静雄の首が、小さく縦に振られるのを見た。





暗かった寝室を電気が照らす中、震える彼の首筋に顔をうずめる。これまた渋る彼を説得して明かりをつけた。
せっかくの状況を楽しまない手はない。蛍光灯の下で淡く色づく体はたとえようもなく綺麗だ。
鎖骨を舐め上げながら、静雄の髪を撫でる。とは言っても彼の邪魔にならないように、体は一定の距離を取っていた。

「ん……」
「ほら、さわってみて」

指を取って、自分を受け入れる箇所に触れさせた。

「っ」
「わかる? ここをね、ゆっくり……」

そのまま震える指を僅かに押し込む。

「あ……っ」
「大丈夫、まだ動かさなくていいよ。力を抜いて」

逃げそうになる手を押さえつけ、うしろの感触に慣れさせた。徐々にそっていた腰が落ちて自然と楽な体勢を取る。
静雄は自分の秘所に自身で、しかも性的な意味をもって触れることに戸惑っているようだった。

「想像して……いつも、俺がやってることを」
「あ、ア……ん、ぁあ、あっ」

後孔に指がゆっくりと埋まっていく。

「焦らないで。――ほら、思い出して。俺の指はいつも、どんなふう?」
「ん……ッ」

幾度となく繰り返してきた行為を思い起こさせる。すると、静雄は小さく悲鳴を上げ、かたくなな体を開いていった。

「ヒ、あ、あぁ、あっ」

自分の言葉どおり、想像しているのだろうか。
艶めいた声は想像の中の自分を想ってのことだと考えると、けなげな姿がいとしくなる。

「あ、アッ……お、おまえの、指、が」

息も絶え絶えな様子で静雄は零す。

「な、中に入ると、もう、もう」

そんなの思い出せない。覚えているわけがない。いつだって何もわからなくなるのに――。
泣きそうな声で彼はそう言った。

「じゃあ、どうされたい? 俺の、指に」
「あ、あ……な、なか、を、さわって」
「そう、それで?」
「おく、奥に……」

熱に浮かされたように素直な言葉を洩らす静雄の唇に、自分のそれで優しく触れた。
それだけで、彼は必死になって自分の望みに添おうと震える声を洩らす。

「おし、つ、強く、押して、ほし――」
「うん、わかってる……でも、焦っちゃ駄目だよ。ゆっくり……そう、そうやって指を動かして」
「あっ、あ、や、ぁああアッ」

従順な様が胸を締めつけた。
彼は自分の言ったとおりにしている。言われたとおりに恥ずかしい場所にふれ、言われたとおりにそこを開く。
それはまるで、愛情を体言しているようで。

(――自分で煽って切羽詰まってりゃ、世話ないな)

震える自身の手を見て苦笑した。
余裕がないのは自分だって同じだ。それを隠すのがうまいかそうでないかの違いで、根本は彼とそう変わらない。

「い、ざ……臨、也……!」

淫らに動く指を見ていると、ふいに静雄が声を上げた。
こちらを見つめるその目は必死だ。揺れる瞳は迷子のようにも仔犬のようにも見える。
なだめるように唇を落とした。

「大丈夫、見てるよ。――シズちゃんの恥ずかしい姿、全部、見てる」
「――ッ」

わざと、そんなことを言った。
すると彼は途端、視線からのがれるように身をよじる。

「ア……や、み、見るな……! あ、ぁあ」

指を抜こうとしたが、それをさせない。手を添えて押しとどめた。
抵抗は弱々しい。静雄は何度も首を振った。

「み、見な、で」

その姿は酷く扇情的で、心中の動揺がばれやしないかと不安になる。しかし、自分よりも不安なのは彼だろう。いつだって、気を許すことや内面をさらすことに怯えている。
だから、刹那的な優しさを見せようとは思わなかった。

「見、な――」
「本当に?」
「……っ」

訊ね返せば、静雄は絶句した。何を言われているのかわからない、とでもいうような表情だ。
けれどそれは嘘だ。本当は、彼だってわかっている。

「言ってごらん。どんなに恥ずかしいことでも、俺はそれを愛してる。シズちゃんのことなら、何もかも。……例外はないよ。だから――」

唇を赤く色づいた耳元へと寄せる。吐息で耳朶をくすぐると、彼の体が震えた。

「怖がらなくて、いいんだよ」

悪魔の囁きよりもたちが悪い。その自覚はある。

(でも)

それでも、自分を突き動かすものは彼への想いにほかならない。言葉は惑わすように紡がれるが、その実は決して偽りではない。

(嘘じゃない)

まぎれもない真実だった。

「さあ――」

言葉巧みに彼を扇動する。
誘うように口づけを降らせていると、静雄は熱に浮かされた瞳でこちらを見上げてきた。

「み……」

かすれた声が酷く艶やかで、思わず息を呑む。

「見て、ほし……い……」

震える唇から告げられた言葉に、顔をほころばせた。硬い殻を割って、やわらかな彼の内面が姿を現したのだ。
褒めるように頬を優しく撫で、先を促す。
静雄は何度も口を開いては閉じ逡巡を繰り返していたが、やがて消え入るような声が零れ出た。

「恥ずかしい、ところ……ぜんぶ、み、見て、それで」

涙が零れるのは羞恥からだろうか。

「は、はずか、しいこと、された、い」

唇を寄せて雫をぬぐう。すると静雄は恍惚とした吐息を洩らした。
顔どころか全身を真っ赤に染め上げながらの告白はずいぶんと自分を煽った。まるで頭を強く殴られたような衝撃がある。
その余韻に浸りながら、彼に負けず劣らず潤んだ瞳のまま、視線を合わせる。

「よく言えたね。それは恥ずかしいけど、素敵なことだね……俺に、俺にだけ、そう思うんだろう?」
「っ」

当たり前だというように、静雄は激しく首を縦に振った。
後孔に入れられた彼の指に自分の手を添わせる。

「俺に、全部を見せたいなんて、そんなの」
「あっ……」

ゆっくりと指を押し込んだ。熱い粘膜が絡む感触に心臓が跳ねた。

「愛され、てて――もう、これ以上の幸せなんてないよ、俺には」

熱に浮かされたように囁きながら、さらに深く、指をもぐり込ませる。

「――さあ、ぜんぶ見せて」






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