WORLD9(こんにちは新世界)(end.)
2013/05/31 15:01

ムードも何も、いきなり押し倒された。
すぐそこにあるベッドに辿り着く前に裸に剥かれ、否応なく体の熱を上げられた。
臨也は性急に静雄の体をまさぐり、自身のそれを押しつけてきた。
こまやかさなど皆無で、そこにあるのは欲望だけ。

そんな一幕を思い出し、静雄は臨也の頬をつねる。

「いきなり押し倒して突っ込みやがって。犬か」
「君も乗ってくれたから調子づいちゃって」
「…………」

そこは否定できない。
なんのことはない。静雄自身も簡単に昂ぶり、喰うか喰われるかのやり取りに夢中になった。
臨也の首筋にはまだ真新しい噛み痕が赤々と残っている。
それを指でなぞっていると、彼が言った。

「ま、正直なことを言うと色々したいんだよね」
「色々?」
「君のいうムードあるセックスもいいし、さっきみたいな獣みたいなのもいい。あとはいろんなプレイに挑戦したり」
「…………」

青写真を描く臨也を横目に見つつ、静雄は小さく息をつく。

「……いいけどよ」
「お」

若干の照れを隠すように言えば、彼は意外そうに目を丸くした。
言い訳するのもおかしいが、臨也の好奇に満ちた視線にさらされるとつい、口が動く。

「こちとらおまえとこうなってることが人生の一大事件だ。これ以上ビビることなんかねえ」
「あははっ」

見栄を切ると彼が声に出して笑った。
その軽やかな声は喜色に満ちていて、静雄は恥ずかしさ半分満足半分といった心地で顔をそらす。

天井をぼんやりと眺めていると、臨也が体の上に乗りあげてくる。
静雄からすればなんの重さも圧迫感もないが、密着する体温だけはやけに鮮明で、少しだけ鼓動が早くなった。

「ところで話は戻るけど」

臨也が言う。

「俺の言ったとおりだったろう?」
「……やけにこだわるな」

自身の胸の上で質問を繰り返す恋人を呆れた目で見やる。
今更何を、と視線で訴えた。
すると臨也は珍しく喰い下がる。

「言ってほしいから。俺のせいで世界が変わったって」
「――――」

そう言った彼の顔が、一瞬、あの頃の彼に重なる。

――明日、世界が一変して、今までできなかったことができるようになったらどうするの?

十七の頃。幼さの残る少年のような、あるいは青年になりかけの頃の臨也。
当時の彼がおとなびていたのか、今の彼の雰囲気が幼いのか、よくわからない。
臨也は静かに言った。

「綺麗でやわらかで優しくてあたたかいものばっか。そんなもので埋めた世界に憧れたろ?」
「…………」

見透かされている。
けれどそれはもう時効だろう。今更蒸し返すなんて意地の悪い。
不満を目で告げれば、臨也が屈託なく笑う。

(あーあ、ずるい奴め)

綺麗でやわらかくで優しくてあたたかいものばかりではないが、今の瞬間が至上の幸福と思えるような時間を送っている。
もちろん、彼と。

「…………」

なんとも言えない心地で静雄は臨也の頭を撫でた。
恥ずかしいような、嬉しいような。

髪をくすぐれば嬉しげに笑う彼が距離を詰める。

「俺と君の関係にはありえない世界って――こんなのを想像してたっけなぁ」
「想像すらできねえよ」

それこそ世界がひっくり返った。
世界が終わって、新しい世界に来た気分だと静雄は告げる。

吐息のふれる距離で臨也が言う。

「――来ちゃったね」

いつかの情景が浮かんだ。
赤い夕日。屋上の風。
そして。

――もう言えないね?

誰かさんの声。

ありえないと思っていた日が来てしまった。
臨也の言ったとおり、と認めるのは恥ずかしい。癪に障る。悔しい――。
かつての自分がくだらない意地を張っている。

その一方で。
静雄はすっかり籠絡されて骨抜きになった自分も自覚していた。
いいじゃないか、こんなにも満たされているのだから。何をためらうのか。羞恥など捨ててしまえ――。
甘い囁きに揺れ、若い頃の自分にたしなめられ。

だから否定も肯定もしないまま、ゆっくりと目を閉じる。

唇が重なる。
慣れているはずの動作。
だというのに。

「…………」
「…………」

心が、まるであの頃のよう。
そう思って目を開けると、眼前には艶やかに微笑む恋人がいた。
あの頃と変わらぬ気持ちで、けれどあの頃とは違うものが芽生えた自分たちを思う。
それはなんて心地いい世界なんだろう。
今になって静雄は何度も思い知るのだ。

新しい世界はこんなにも素晴らしい。

(end.)



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