会議で阿蘭陀さんに絡まれる

「和蘭陀さん……」
「久しぶりやの」

目の前で平然と煙草をふかすその人は、もう何年、いや何百年という単位で会ってない人だった。別に避けていた訳ではなくて、ただ兄上の国交への参加などの関係で会わなかっただけなのだが、私はもう逃げたくてしょうがない。だってもう会わないつもりだったのだから。
今回は我が国で会議が開催されるということで兄上の手伝いのために会場を動き回っていたが、参加国に絶対いるのはわかっていたのに油断していた。

「見んようになった間にまたきれいになった」
「からかわないでください……」

ほんとはもっと強く言いたいのに、自然と語尾が弱くなる。
そもそもは兄様が国をとじたことで生まれた私という化身は、異国など関わりのないもののはずだったのだ。気づいたら出島が作られ、そこに平然と降り立ったのはいま目の前にいる飄々とした男。

「日本は喫煙者に厳しすぎやざ」
わざわざ隔離されたスペースに煙草を吸いにくるという相変わらず律儀なところに感心しつつも、迂闊にここへ近寄った自分の軽率さを恨んだ。
「煙草は健康に悪いんです」
あからさまに煙を払うような仕草をすれば、何を思ったのか吸っていた煙草の火を消して近づいてきた。
そのままゆっくりと吸っていて構わないのに。

阿蘭陀さんの動きに合わせて後退すると、背が壁にぶつかる。しまった、と思っている間に距離を詰められる。
「煙草の臭いは嫌け?」
壁に追い詰められ、壁ドン状態になる。他人がされているのであれば喜々とネタ帳にでもメモをとるのだが、自分がされているのであれば話は別だ。
言葉と共に口からこぼれる特徴のある煙の臭い。絶対、狙ってやっているに違いない。
そもそも国交の正常化後も兄上との交流はあったが私はちゃんと会話をしていない。あの頃は身内を除けば唯一の国。当時は憧れの感情もあったが、それからどれだけの月日が流れたか。なんの感情もないかと聞かれればそんなことはないが、それだけで優位に立たれるのは癪に障る。
身長差を考えると、上目遣いになることは避けられないがそれでも精一杯、睨み付けてみる。

「洋服についたら落ちないので嫌いです」
「桜がそう言うならやめてもいいやざ」

にやっとしたあたりを見ても、確実にからかわれていることは明白だ。

「からかわないでください」

どう逃げるかを必死に考える。リーチを考えても躱して逃げ切ることは不可能だろう。
誰かが助けてくれないと無理、と思った瞬間に救世主の声がする。

「桜!」
「独逸さん」

廊下の向こう側から焦った顔の独逸さんが現れた。早足で此方に向かってくるのを見て、阿蘭陀さんが面白くなさそうに離れる。

「菊が帰ってこないことを心配していたぞ」

私も小走りで独逸さんに駆け寄る。
「すみません、ちょっと」
「何かされたのか」
「いえ、特には」
独逸さんが私の肩を抱きながら少し小声で訊ねてくる。
いつものように視線をしっかりと合わせて話してくれるが、その表情から焦りが伝わってくる。申し訳なくなって小声で「ごめんなさい」と言うと、「桜が謝ることではないだろう」と溜息交じりに返された。

「では、失礼する!」
独逸さんは阿蘭陀さんに向かって強くそう言い放つと、私を連れてその場を足早に去った。



取り残されたオランダは去っていくその背中を眺めていた。
流石にすぐに会議室に戻るわけにもいかず、煙草は先ほど火を消してしまった。手持ち無沙汰のこの状況に大きく溜息をついて一言呟いた。
「はー、アホらし」


[ 1/2 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -