第一話 武市
行灯の柔らかな明かりが照らす一組のお布団。
畳に膝を付けたままその傍に寄ると、頬を綻ばせた武市さんと視線が合う。青々とした夜空を思わせる透き通った瞳。それに見つめられたが最後、私は彼の望みを拒めなくなってしまう。
「…どうしたの?早く、おいで」
「へ、変なこと…しませんか…?」
「変なことって?」
くすりと唇に笑みを湛え、彼の指が愛おしそうに髪を撫でる。その指は腰へと回り、更に私を近くへと引き寄せる。
「小娘の言う変なことが分からないから…答えようがないな」
「あ……」
ばさりと掛布団が音を立て、私を心地好い温もりへと誘(いざな)う。それに恐る恐る目を開けると、藍色の髪が頬に触れた。
「やっと掴まえた」
「た、武市さん……」
「…随分と冷えてしまったね」
額のキスが頬へと移り、首筋へと吸い付く。突然のことに驚く身体は、火が点いたように熱くなっていく。
「へ…変なことはしないって……」
「…嫌?」
「ん…ぁ…」
嫌じゃない。嫌じゃないけれど―。
まるで待ち望んでいたかのように反応してしまう身体が恥ずかしくて、目をぎゅっと瞑ってしまう。
「…はぁ…武市さ……」
「こりゃ武市!!」
「!」
勢い良く開け放たれた二つの障子。
廊下へと続くその先に立っていたのは、鋭い視線で私達を見る龍馬さんだった。
「一人だけ抜け駆けとは狡いぜよ!いつから小娘さんはおんしの物になったんじゃ!!」
「お前には関係無いだろう。僕と彼女の間で約束したことだ。ね、小娘さん?」
「は、はい…」
「ほがなこと言うて、小娘さんに厭らしいことするつもりじゃったがろう!このむっつり武市が!!」
「な……!」
龍馬さんの言葉に頬を赤くし、武市さんが着物に掴み掛かる。けれど、一方の龍馬さんも負けじと一歩も引く様子がない。
「もう一回言ってみろ!」
「おう!何度でも言っちゃるわ!おんしはそうやっていつも」
「ふ、二人とも止めて下さい!私、ちゃんと自分の部屋に戻りますから」
他愛もないこととは言え、私が原因で喧嘩なんてして欲しくない。そう思った瞬間、ふわりと身体が宙に浮いた。
「え?」
「いや、その必要はないぜよ」
いつの間にか私を抱き上げた龍馬さんは、武市さんをにこりと見返す。
「小娘さんは今晩わしが借りていく」
「え?え?りょ、龍馬さん!?」
「武市にだけ良い思いをさせて堪るか。そういう訳じゃ、じゃあの武市」
「ふざけるのも大概に…!待て龍馬!」
武市さんを無視し、私を廊下へと連れ出した龍馬さん。
この時の私は、これから起きることをまだ半分も理解していなかった。