矯抑(1)


引き障子の先に広がる赤や黄色に色付いた庭景色の美しさは、まるで油絵を見ているようだった。けれど、その先に聳(そび)え立つ高い塀が目に付くと、私の口からは無意識に溜息が溢れていた。

(もう秋なんだ…)

庭に下り、足許の赤い楓を拾った私は、ふと白い壁をじっと見上げる。

(最後に藩邸の外に出たのはいつだろう…?)

ここにお世話になり始めてもうすぐ四ヶ月。その間の記憶を手繰り寄せていると、ふとあの人が口にした言葉が頭を過った。

『お前は藩邸の外に出なくて良い。余計なことはするな』

片頬を引き上げ、薄笑みを浮かべるあの人にそう言われたのは、ここに来てすぐのことだった。半ば強引に薩摩藩邸に連れて来られた上、そんなことを言われ、そのときの私はただ困惑するしかなかった。

「あの、でも私お寺を探さなきゃいけないんです」
「そんなことは知っている。だからさっさと描け」

突然手渡された矢立てと半紙。
それに首を傾げると、大久保さんは眉を吊り上げた。

「お前が見た寺とやらを描けと言っている。間抜けな顔をしている場合か」
「な…!元々こういう顔なんです!」

どうしてこの人はいちいち失礼なことばかり言うんだろう。
そんなことを思いながらお寺の絵を描き始めると、頭の上から嫌みな声が降ってきた。

「下手くそな絵だな」
「う……」

反発する言葉が見つからないまま、私は筆を滑らせる。
そもそもどうしてこんなものを描かせるのか、私には彼の考えていることが分からなかった。

「こんな感じです。今にも壊れそうなくらいぼろぼろな小さな社で…。周りには何もなかったと思います」
「…ふん」

私から半紙を取り上げた大久保さんは、それを一瞥すると腰を上げた。

「気が向いたら探しておいてやる。この絵で見つかればの話だがな」
「…別に絵を描かなくても、私が探しに行けば良いと思うんですけど」

大久保さんはそれには答えなかった。
けれど、あの日以来、私の許には藩邸の人が代わる代わるやって来ては、お寺がまだ見つからないことを教えてくれていた。

(あんなこと言ってたけど、探してくれてるのかな…?)

こうして私は、お寺探しを任せたまま、薩摩藩邸で暮らすことになった。だけど、何もせずにお世話になるのも申し訳なくて、炊事や洗濯のお手伝いをしながら過ごしている。

「小娘さぁ」

そんな生活を思い返していると、ふと後ろから声が聞こえた。振り向いた先にいたのは、腰に刀を差した半次郎さんだった。

「半次郎さん」
「これから大久保さぁと長州藩邸に行ってきもす。何か欲しか物はあいもすか」

『必要な物があれば半次郎に言え』

それも、あの日大久保さんに言われたことだった。だけど、私が自分から半次郎さんに頼むことはほとんどなかった。

「大丈夫です。それでなくても、十分良くして頂いてますから」

私の部屋に置かれている着物の数々。
頼んだ訳ではないのに、何故かそれは日を追うごとに増えていく。

「寧ろ半次郎さん、大久保さんに言って貰えませんか?これ以上新しい着物を買わないようにって」
「…ほう。随分と生意気な口を利くようになったものだな」

その声に思わず肩が跳ねたとき、廊下の曲がり角からあの人の姿が見えた。

「持っていたところで損はあるまい。何が不満だ」
「そ、それはそうかもしれないですけど…。でもあんなに沢山、私には必要ありません」
「そうでもないぞ」

口を動かしながら、隣に立ち止まった大久保さんは、くいっと私の顎を持ち上げた。

「十人並みの面構えなんだ。せいぜい格好だけでも取り繕っておけ」
「な…」
「行くぞ、半次郎」

意地悪そうな笑みを残し、大久保さんは着物を翻す。その背中に、「余計なお世話です」と私は心の中で付け足した。

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