駆け引き(1)


美しいシャンデリアが幾重もの光を織り成す中、その女は嫌に澄ました顔でソファに腰掛けていた。遠目からでもよく映える真っ赤なビロードのソファは、私が亀山社中から買い付けたもので、ともすれば人間の方がお粗末に見える代物だ。だが、その違和感を感じないということは、今宵の私は余程疲れているのだろう。

「失礼」

人混みを掻き分け、ソファまであと数歩のところで足を止めると、そこには黒のドレスを纏った小娘が座っていた。その姿は一見神妙そうに思えるが、何てことはない、いつもの小娘だ。左手に持った皿にはいくつものケーキが乗っており、よく見ると唇の端にはクリームまで付けている。全く、いつもながら食い意地が張っている。

「食べ過ぎで腹でも痛くなったのか」
「お、大久保さん!?」

大袈裟なほど驚いたかと思うと、ケーキを乗せた皿が一気に傾く。慌ててそれを元に戻した小娘は、未だに信じられぬ様子で私の顔を見上げている。

「何だ。私に会えてそんなに嬉しいか」
「はい!すごく嬉しいです」

虚を突かれ、不覚にも言葉に詰まった。これが他の女ならば違う意味も持つのだろうが、当の小娘からしたら思わせ振りなことを言っているつもりはない。現に次に出た言葉は「相変わらず嫌味は健在ですね」ときたものだ。その無邪気さが妙に腹立たしく、頬をつねる手に力が籠る。

「いたたたた!何するんですか!」
「ふん。なぜこんなところにひとりでいる。お前の旦那はどうした。」
「だっ…!?違います!私、まだ半平太さんとは、その…」

相変わらず進歩のない小娘の反応に、何故武市はこんなにも悠長なのだろうと思う。俯いて言い淀む小娘は気付いていないが、先程から近くを通る男どもの視線が鬱陶しい。睨みを効かせて一蹴するも、恐らく私がいなくなるのを今か今かと待っている輩なのだろう。

「半平太さんは、小松さんと挨拶回りをしてると思います」
「小松君と?」
「はい。私も一緒だったんです。…途中までは」

しょげた様子で手許のショートケーキを一口食べ、小娘は隣に座った私に向き直る。

「でも、私また何かしちゃったみたいで…。ここに来てから、半平太さん全然話してくれないんです」
「………」
「でも心当たりがなくて…。謝らなきゃと思うんですけど…理由が分からないとどうしようもなくて」
「それでお前はここにいるのか」

頷いた小娘は、紅を引いた唇を小さく震わせた。武市の人となりをすべて理解しているわけではないが、あの男が制御出来ぬ感情は恐らくただひとつ。嫉妬心に他ならない。

「ところで小娘。今日のお前のドレスは自分で決めたのか?」

身体の曲線にぴったりと沿ったドレスは、ところどころ繊細なレースが肌に透けている。それだけ見れば非常に手の込んだ美しいドレスなのだが、問題は大きく開いた胸許だ。華奢な鎖骨だけでなく、あろうことか胸の膨らみぎりぎりまで露わになっている。

「いえ、まさか!本当はここまであるドレスのはずだったんですけど、手違いで違うデザインになっちゃったんです」

小娘は首の真ん中辺りを指すと、ここから鎖骨までがレースで、と付け加えた。

「武市君も知っていたのか?」
「はい、今日ふたりでお店に行って、着替えてここに来たんです。半平太さんは反対してましたけど、もう家に着物を取りに帰る時間もなかったですし、せっかく作ってくれたからって言って…」

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