駆け引き(2)
「それから機嫌が悪くなったんだろう」
「え!どうして分かるんですか!?」
何となく想像はしていたものの、考えるまでもないことだった。馬鹿馬鹿しい、と毒付いてやりたかったが、小娘は理由が知りたくて仕方がないと言った顔で私に迫る。
「大久保さん、教えてください!半平太さんはどうして怒ったんですか?」
「お前に教える義理はない。自分で考えろ」
「そんなっ…お願いします!私に出来ることなら、何でもしますから!」
「ほう、言ったな」
そう来なければつまらない。
痴話喧嘩にここまで付き合わされた以上、相応の見返りを貰わねば割に合わないというものだ。
「ならば、そのケーキを私に食べさせろ」
「え?……えええ!?こ、ここでですか?」
「お前は武市君に請われればいつもそれぐらいやるだろう?」
「それは…」
「嫌なら別に良いんだぞ。私としてはお前達が喧嘩しようがどうしようがどうでも良いことだからな」
「あ、ま、待ってください!」
立ち上がろうとした途端、上着の裾を引っ張られ身体が元の位置に戻る。
「えっと、じゃあ新しいケーキとフォーク、を…」
「そのフォークで構わん。さっさとしなければ私は行くぞ」
「わ、分かりました……」
口をつけていないショートケーキの角の部分を切ると、小娘は震える手を私の前に差し出す。
「あ、あーんしてください」
これを口したら、次はどうからかってやろうか。だが、それを考えるよりも先に、冷たい視線が突き刺さるのを感じた。
「…小娘?」
「は、半平太さん!?」
「大久保さん、お久しぶりです。…ふたりとも何をしているのですか?」
表情こそにこやかなものの、その手はフォークを持った小娘の手をがっちりと掴んでいる。やれやれ。この男の登場はいつも間が悪い。
「武市君の小娘が私にケーキを食べさせたいと言うから、それに従ったまでだ」
「え!?ちょっと大久保さん!?」
何だ、間違いではないだろう?と言ってやると、小娘は返事も出来ずに狼狽えている。その様子を見た武市からは、笑みが一瞬にして消えた。
「今宵は、たっぷりとお仕置きしなければね」
戸惑う小娘の手を引き、失礼しますとだけ短く告げると、武市はドアのある方へと足を向ける。途中、振り返った小娘は、何やらぱくぱくと口を動かしていた。大方、「大久保さんのせいですよ!」とでも言っていたのだろう。
−だが、悪いのは私ではなく、武市を選んだお前の方だ。
「…あんな小娘ごときに、くだらん」
ソファの上には、フォークに刺さったショートケーキが残されている。口にしたそれは、何故か酷く苦い味がした。