内緒話(1)


ある日曜の昼下がり、その訪問者は何の前触れもなく僕らの前に現れた。
いや、正確には「者」ではなく「猫」、と言うべきだろうか。

(先生!せんせーい!)
(………)
(起きてください、武市せんせーい!)

窓をカリカリっと引っ掻く音がする。
このまま眠った振りをしようかとも考えたが、あいつのことだ、僕が起きるまで待っているに違いない。それなら、小娘が眠っている間にさっさと追い返してしまった方が良いだろう。
小娘の膝から飛び降り、ベランダに駆け寄った僕は、窓越しの満面の笑みをじろっと見遣った。

(悪いが以蔵、今日は帰ってくれ)
(え…!ど、どうしてですか?)
(見ての通り、小娘が寝ているんだ。だから窓を開けてやれない)
(ですが、先生なら開けられるでしょう?)

窓の近くには、小娘がインテリアとして置いている背の高い椅子がある。確かにその椅子に上れば、鍵を外すことは僕でも造作ない。事実、何度かその手で鍵を開け、ベランダから外へと出たことがある。

(小娘が寝ている間に、そんな泥棒の手助けみたいな真似が出来るか)
(でも今日は、新作の菓子を持って来たんですよ)

くるっと向きを変えた以蔵は、花柄の風呂敷包みを背中に乗せていた。
だが今日は、小娘を独り占め出来る数少ない一日なのだ。だから何としても、小娘とふたりだけで過ごしたい。そのためなら、大好物の菓子を我慢することくらい何てことはない。しかし、そんなことを素直に以蔵に言えるはずもなく、そうこうしているうちに、ついに小娘が目を覚ましてしまった。

「ん……あれ…?武市さん?あ…お友だち?」

目を擦りながら立ち上がった小娘は、鍵を開けると、僕らと視線を合わせるように屈んだ。

「以蔵くん、いらっしゃい。待たせちゃったかな?ごめんね」
(…別に大して待ってない)

いつもこうだ。なぜか以蔵は、小娘を前にするとぶっきらぼうな口の利き方になる。かと言って、小娘が嫌いな訳ではないらしい。

(土産だ。武市先生と俺のおやつだ。さっさと開けろ)
「以蔵くん、今日の風呂敷も可愛いね。開けて良いの?」
(うるさい。これは勝手に背負わされただけだ。良いから余計なことは喋るな)
「わっ!以蔵くんまた筋肉ついたんじゃない?ちょっと触らせて」
(お、おい!なにすっ……!)

以蔵は元々筋肉質な猫のようだが、更に飼い主がいない間に勝手にランニングマシンを使っているだけあり、手足は猫とは思えないくらい太い。
すごいすごいと驚いた顔で手や足を撫でる小娘に対し、以蔵も満更でもない様子だ。

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