とけない魔法(1)


夜の冷気に浮かび上がる白い靄。
ベルベットのような紺色の空に溶けた息は、12月の厳しい寒さを物語っている。『明日の晩は雪が降るかもしれない―』街を彩るクリスマスソングを耳にしながら、私は昨晩の天気予報を思い出していた。

『武市さん、明日は雪が降るみたいですよ!』
『ああ、そのようだね。それにしても、雪がそんなに嬉しいとは君はやはり子どもだな』
『う……そんなこと…』
『ははっ。冗談だよ』

電話口から微かに聞こえてくる書類を捲る音。枕元の時計を見ると、日付が変わるまで後何分もなかった。

『まだお仕事ですか…?』
『急な案件が入ってしまってね。大丈夫、もう終わる目処はついたから』

誰よりも早く出勤して、誰よりも退社が遅い武市さん。
会えないのは寂しいけれど、身体を壊してしまうんじゃないかと私は心配で―。

『明日はゆっくり出来ると良いですね。武市さんは何が食べたいですか?』
『小娘の作る物なら何でも。君の手料理は久しぶりだな。だが、本当に僕の家で良かったのかい?』
『はい。だって…お家だと二人きりになれますし』

普段なら恥ずかしくて口に出来ない台詞も、今日はなぜかさらっと言えてしまう。電話の向こうが静かになり、沈黙が私達を包む。もしかして武市さん赤くなってるのかな―。頬を紅潮させた彼が頭に浮かび、私は密かに笑みを溢した。

『…今笑っただろう』
『え。わ、笑ってないですよ!』
『本当?』
『はい、ほんとに』

近くにあったクッションを引き寄せ、思わず胸の前でぎゅっと抱き締める。いつも見抜かれてばかりじゃ悔しいから、せめて電話くらい強がってみたかった。

『それなら良いけどね』

その言葉にほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、武市さんが一際小さな声で囁いた。

『嘘は高くつくからね』
『…?高く…?』
『君がそんなに明日お仕置きされたいのなら構わないけど』
『え!?ちょ、ちょっと武市さん』
『おやすみ、小娘』

ぷつんと電話が切れ、機械的な音が耳に響く。そのまま放心状態になってしまった私は、携帯をテーブルに置いてベッドに潜り込んだ。

『そんなにお仕置きされたいのなら構わないけど―』

耳に木霊する彼の声。
いつまでも煩い心臓を抱えながら、私はほとんど眠れないまま朝を迎える羽目になった。


「お待たせ」

ぼんやりと昨日の電話を思い出していると、ふっと足許に陰が差す。顔を上げた先にいたのは、グレーのボンディングコートにマフラーを巻いた―

「武市さん!」
「遅くなってごめん。寒かっただろう?」
「ううん、大丈夫です」

「行こうか」と黒革の手袋を外した彼は、そっと私に手を差し出す。男の人らしさを形作る骨張った大きな手。その手に包まれると、幸せな気持ちが溢れてくる。

「目が赤いみたいだね。どうしたんだい」
「昨日よく眠れなくて…武市さんが変なこと言うから…」
「僕が?…さぁ、何か言ったかな」

駅の方向に歩き始めた武市さんは、何事もなかったかのようににこりと私を見下ろす。その顔に文句を言いたい気持ちになりながら付いていくと、ふと彼の足が途中で止まった。

「……?」
「武市くんじゃないか。奇遇だな」

さらりとした抑揚のない声。
その方向に顔を向けると、どこか不機嫌そうに口を曲げた男の人が私達の前に立っていた。

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