小さな嫉妬(1)


慣れないハイヒールに苦戦しながら着いたその場所は、いつにも増してたくさんの人で込み合っていた。
私はその中にあの人の姿がないことを確認すると、ショーウィンドウに寄り掛かり、乱れた息を整えた。

(良かった…。まだみたい)

ほっと一息吐いた私は、ジャケットの袖から覗く腕時計に目を落とす。
すると、ちょうど長針が10番目の数字に傾いたところだった。

(…緊張するなぁ)

待ち合わせの19時には間に合ったのに、私の心臓は相変わらず落ち着くことを知らない。尤も、この日を指折り数えて待っていた私にとって、それは無理な話だった。

(半平太さんと二人きりで会えるなんて、何日ぶりだろう?)

隣の部署の武市半平太さんと付き合うようになって、もうすぐ3ヶ月。
憧れの人と同じ想いだとわかった時は夢みたいな気持ちだったけれど、それと同時に私の心には新たな悩みが生まれていた。

(今時社内恋愛が禁止、だなんて…)

忙しなく人が行き交う改札口を見ながら、私は心の中で不平を漏らした。
こんな決まりのせいで、私達は会社で顔を合わせても未だに他人行儀のままだった。

(これじゃ、片想いの時とあまり変わってないかも…)

女性社員の間で、憧れの人としてよく名前が挙がる半平太さん。その度に私の心は複雑だったけれど、付き合ってるなんて口が裂けても言えなかった。

そんなことを考えながら足許に視線を落とすと、バッグの中から機械的な振動が伝わってきた。

(もしかして…)

急いで取り出した携帯電話の画面に、どきっと鼓動が高鳴る。
私は慌てて通話ボタンを押すと、小さく深呼吸をしてからそれを右耳に押し当てた。

『…もしもし、小娘です』
『ああ、僕だ。もうそっちに着いたかい?』
『はい、ちょっと前に着きました』

その声に顔が緩んでしまうのを感じながら、私は身体をショーウィンドウに向ける。ガラス窓に映った真新しいレースのワンピースは、年上の彼と並んでもおかしくないように、少し背伸びをして買った物だった。

(変じゃないかな…?)

『…小娘?』
『あ、ごめんなさい。それで半平太さんは今どちらに…』

続きを言い掛けた時、突然反対側の手に指が絡む。それにびっくりして隣を見ると、携帯電話を耳に当てながら私の手を握る半平太さんが立っていた。

「待たせて悪かったね」
「あ、いえっ…。私もさっき着いたところです」

優しく微笑む半平太さんに、私は電源ボタンを押すのも忘れて携帯電話をバッグに戻した。普段会社ではそんな表情を見せない彼に嬉しくなりながら、私は結ばれた手をそっと握り返した。

「もう店は予約してあるんだ。きっと小娘も気に入ると思うよ」
「本当ですか?楽しみです!」

そう言って歩き出そうとすると、ふっと半平太さんが私を見て立ち止まる。その視線は、私のワンピースに注がれているようだった。

「半平太さん?」
「…いや。それじゃ行こうか」

私から顔を背けた半平太さんは、それ以上何も言わなかった。私は彼の隣を歩きながら、半平太さんが何を思ったのか不安で堪らなかった。

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