こいがたき(2)


不安そうな顔で苦笑いを浮かべながら、小娘は僕の首輪のリボンを結び直す。ロイヤルブルーのこのリボンは、僕がこの家に来て最初に小娘がくれたプレゼントだ。

(大丈夫。あいつが変なこと言ったら、僕が引っ掻いてやるからね)
「ん……ふふ、くすぐったい」

細い人差し指を舐め上げると、小娘がくすくすと笑い声を溢す。けれど、突如鳴り響いたチャイムによって、楽しい時間は終わりを迎えた。

「あ、半平太さんかな?ちょっと待っててね」

一瞬、小娘の顔が赤く色付いた気がした。
玄関に向かった小娘を追いかけると、そこには見たことがない長身の男が立っていた。

(この男が“はんぺいた”か)
「いらっしゃいませ、半平太さん。…お久しぶりです」
「ああ。君も元気そうで良かった。それが、電話で言っていた猫かい?」

視線が小娘の後ろに止まり、僕は“はんぺいた”に軽々と持ち上げられてしまった。

(やめろー!離せ離せーー!)
「あまり見ない種類だな。毛並みがブルーなのか」
「はい。いつも玄関までお出迎えしてくれて、とっても良い子なんですよ」
「良い子…ね。ところで小娘は、僕がいない間良い子にしてたのかい?」
「え?」
「君に言い寄る男が後を絶たないことを僕が知らないとでも?」

片手で僕を抱きながら、“はんぺいた”はもう片方の手で小娘を壁に追い詰める。一方の小娘は、怯えた目付きで“はんぺいた”を見返している。

(やっぱりこいつ悪いやつなんだ!僕が小娘を助けてあげなくちゃ…!)

そう思い、首許に爪を立てようとした瞬間、小娘の声が僕の手を止めた。

「だめっ武市さん!」
「…え?」
(だって小娘、こいつが悪いんだよ。こいつが小娘を困らせるようなこと言うから)
「あ……。えっと今のは半平太さんに言ったんじゃなくて…その……」
(…ん?小娘どうしたんだろう?それに“はんぺいた”も何だか様子がおかしい)
「……君はまさか」

小娘は当てもなく視線を彷徨わせながら、やがてぽそぽそと口を動かし始めた。

「だって私…寂しかったんです。会えないのも電話出来ないのも、お仕事じゃ仕方ないけれど…。初めてこの子を見たとき、半平太さんに似てるって思って…」

小娘が何のことを言っているのか、僕にはよく分からなかった。
ただ、小娘を悲しませてる元凶がこの男なんだと思うと、やっぱり引っ掻いてやりたかった。

「…ごめん」

濡れた小娘の頬を包むと、“はんぺいた”は一際静かな声で囁いた。

「寂しい思いをさせていることも自分勝手なことを言っていることも…分かっている。ただ僕は…不安で仕方ないだ」
「んっ……」
「この唇が他の男の名前を口にするだけで…どうしようもなく嫉妬してしまう」
「ま、待って半平太さ…待っ……」

(あーー!“はんぺいた”のやつ、僕の小娘になんてことを!)

ふたりの唇が離れた後も、“はんぺいた”が僕を離す様子はなかった。それどころかこの男は、僕の体を見て苦々しそうに口を曲げた。

「…ところで小娘、武市と呼ぶからにはこの猫はやっぱり、」
「はい、雄猫ですよ?」
「そう…か」

少し考え込んだ“はんぺいた”に小娘は首を傾げる。

「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。さ、晩御飯にするとしよう」
「あ、はい。もうお腹ぺこぺこです」

ぱたぱたとスリッパの音を響かせ、小娘がキッチンへ姿を消すと、“はんぺいた”は僕に向かって溜息を吐いた。

「お前はいつも小娘といられていいな」
(おい!そんなことよりお前、僕の小娘にキスするとはどういうことだ!)
「ちょうどいい。小娘に変な虫が付かないように見張っていて貰おう。だが、もしお前が小娘におかしなことをしたら…そのときは即刻追い出すからな」

一際冷たい声が耳に届き、全身の毛が逆立つ。けれど、小娘がキッチンから顔を出した途端、“はんぺいた”は何事もなかったかのように笑みを浮かべていた。

「半平太さん?どうしたの?武市さんがまた何かしました?」
「いや、可愛い猫だなと思ってね。…しかしその呼び方は紛らわしいな」

…嘘ばかり。
僕はやっぱり、この男が大嫌いだ。

「さ、行こうか。武市さん」

憎らしいその顔を見上げながら、僕は“はんぺいた”のスーツにこっそり爪を押し当てた。

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