こいがたき(1)


待ち焦がれた金属音を耳が捉えると、体は無意識に玄関へと動き出していた。暗がりにぼんやりと浮かぶオフホワイトのドア。その前に座った僕は、もどかしい気持ちでそれが開く瞬間を待っていた。

(小娘、おかえり)
「ただいま。遅くなってごめんね。良い子にしてた?」
(うん。ちゃんと良い子で待ってたよ。だから早く撫で撫でして)
「いつも待っててくれてありがとう。すぐご飯にするね」

肩に掛けていたバッグと下げていた荷物を床に置き、小娘が僕の頭を撫でる。ふわふわと柔らかく、それでいて温かい小さなこの手で撫でられると、いつも僕は夢心地になる。

(今日はもうお仕事終わりだよね?早くご飯食べて遊ぼう?)
「今日はね、これから半平太さんが来るの。だからお行儀良くしててね」

その名前が聞こえた瞬間、一気に意識が現実に引き戻される。床の荷物を肘に掛け、僕を胸に抱いた小娘は、嬉しそうに目を細め、キッチンへと向かって行く。

(“はんぺいた”…だって…!?)

僕はその名前が大嫌いだった。
と言っても、僕は“はんぺいた”がどんな男なのか、実のところよく知らない。ただいつの夜か、一度その名前を口にしながら、小娘が泣いていたことがあったのだ。

「……半平太さん」

その啜り泣く声はあまりに痛々しくて、僕は堪らず小娘の頬をそっと舐めた。びっくりした顔で目を開けた小娘は、ふふっと笑うと、優しい声で僕の名を呼び、ベッドの中に招き入れた。

(小娘、どうしてそんな酷いやつが来るの?僕、小娘の泣き顔はもう見たくないよ)

ソファに丸まり、僕はキッチンで忙しそうに動く小娘を眺める。その傍には、さっき小娘が用意してくれたご飯があったけれど、これからのことを思うと食欲はまるでない。
それでも、キッチンから漂ってきたおいしそうな匂いには鼻が反応し、思わずお腹が鳴りそうになる。

「あれ?どうしたの?全然減ってないじゃない」

一頻り準備を終えたのか、小娘が心配そうな眼差しを向けて来る。自分もソファに座り、僕を抱っこした小娘は、顔や耳を優しく撫でてくる。

「お店の人に勧められて買ってみたんだけど…。ごめんね、おいしくなかった?」
(違うよ小娘。僕が食欲がないのは“はんぺいた”のせいで、ご飯のせいじゃないんだ)
「ちょっとだけでも、食べられないかな?」

足許の餌皿からご飯を掬い、掌に乗せた小娘は、それを僕の口に寄せる。一口食べてみると、お店が勧めるだけあって確かにおいしい。

「良かった。食べられそう?今度はもっとおいしいの買って来るね」
(ううん、そうじゃないんだ。そうじゃなくて、僕は…。あいつのせいで、これから小娘が傷付くんじゃないかって…心配なんだ)
「……ね。半平太さんは、今日の料理おいしいって言ってくれるかな?」
(………)
「言ってくれたら嬉しいな。でも何か入れ間違えてたりしたらどうしよう?」

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