Sweet Rain(2)
「...さぁ、どうぞ。僕は武市。何か食べたいものはあるかな」
「あ、は、はい」
引かれた椅子に腰掛け、差し出されたメニューを受け取ると、ふと手と手が触れ合う。
けれど、どきっとする間もなく、私はその手の冷たさに跳ね上がりそうになった。
「あの...大丈夫ですか?」
「あの男と話した後はいつもこうなる。...大したことじゃない」
とは言うものの、その顔色は青白いを通り越してやつれていた。このまま倒れてしまうんじゃないかと心配になりながら、私はそっとメニューを開いた。
「えっと、クレームブリュレ...にしようかな...。あ、和菓子のメニューもあるんですね」
「...!?い、いや、そのページは...」
「わぁ、この葛汁粉おいしそうですね。これにします」
「駄目だ!それはやめなさい!!」
なぜか狼狽える武市さんに、私はまた首を傾げた。
すると、近くの席に座っていた乾さんが突然高笑いを上げた。
「結構なことじゃないか武市!早く奥の席を案内してあげなさい」
「だ、だが...!」
「可愛いお嬢さんがご所望なんだ。断る道理はあるまい」
すっと立ち上がった乾さんは、くすくすと笑ったまま奥に目配せをした。
「この先に和室がある。ぜひそこで葛汁粉を食べていくといい」
「え!?和室もあるんですか。すごいですね」
「...っ!」
「さあ武市。君は準備が必要だろう?小娘さんは僕が案内しよう」
琉球畳が敷き詰められた室内に、しとしとと雨の音が響く。
その音に耳を傾け、瞼を閉じていた私は、ふっと障子に顔を向けた。
(武市さん...どうしたのかな)
ここに案内されてから、どのくらいの時間が経っただろう。
居心地が良くてついうとうとしてしまっていたけれど、待てど暮らせど武市さんが来る様子はない。
「すごく凝った葛汁粉なのかな...。ふふ、楽しみ」
お腹の虫がなるのを感じながら、私は座布団から立ち上がる。そのとき、部屋の隅に白い本が積み重なっているのを見つけた。
(何だろう?雑誌かな)
A4サイズのそれを手に取り、私はその場に座り込んだ。けれど、1ページ目を捲ったところで、私は慌ててその本を閉じた。
(なななな...!?どうしてこんな本がここに!?)
頬が熱くなるのと同時に、記憶の片隅にあった歴史の参考書がフラッシュバックする。
何かの見間違えかと思い、そっとページを捲ると、また同じような絵が目に飛び込んできた。
「...見てしまったのか」
ばっと振り返ると、障子に寄り掛かる武市さんの姿が目に映る。濃紺色の着物を身に纏った彼は、私の前に座り、くいっと顎を取った。
「だから和菓子は止めろと言ったのに...」
「あ、あの...。どうして武市さんは着物を着ているんですか?」
「...ん?」
微かに笑みを浮かべた武市さんは、膝の上に落ちていた本を横に置き、そっと私にキスをした。
「それは、こういうことがしやすいから、かな」
「え?え?」
「ここがどういう場所か、ゆっくり教えてあげるよ。気に入った春画はあったかな?」
耳に唇を寄せた武市さんは、ふうと息を吹き込む。
「勝手に見るなんて...小娘はいけない子だね?罰として」
「...!」
「どうして欲しいか...僕に教えて?」
甘噛みされた耳が熱を持ち、一気に全身へと伝染する。
そんな私を抱き抱えながら、武市さんはまたあの本を捲った。