とけない魔法(3)


「た、武市さん、待って…」
「夕飯はまだいい」
「で、でももう9時ですよ、私、お腹が減っちゃって…あっ…」

返事を聞くことなく私を抱え上げた武市さんは、ソファにふわりと腰を下ろす。突然のことに動転し、私が膝から降りようとすると、頬に触れた彼の手がそれを制した。

「嘘、吐いてるね?」
「う、嘘なんか吐いてないですっ」
「じゃあ、僕の目を見て言ってごらん。小娘」

折角作ってくれたこの時間を台無しにしたくなかったから。
だからずっと我慢していたのに。
今貴方の目を見てしまったら、この気持ちを隠し通せる自信がない―。

「だっ…て…やっぱり私、武市さんに釣り合ってないから…」
「…大久保さんが言ったこと?」

こくんと頷くと、私はそのまま顔を上げられなくなってしまう。

「武市さん、どうして私なの?武市さんには他に素敵な人がたくさんいるのに」
「小娘…」
「不安なんです。武市さんの気持ちが変わるのが怖いんです。そうじゃなくても、最近全然会えないのに…」

武市さんを困らせたくなんかないのに。
忙しいのは彼が悪い訳じゃないのに、口を吐くのはわがままばかり。
だけど、もっと会いたい。もっと抱き締めて欲しい。飽きるくらいもっと好きだと言って欲しい。

「…寂しい思いをさせてごめん」

髪を優しく撫でてくれた武市さんは、私を抱き締めながら耳に優しくキスをした。

「ねぇ、小娘」

食まれた耳たぶがくすぐったくて、思わず身じろぎする。背中にあった手が腰から太腿に落ち、ワンピースの裾に差し入れられてー。

「あっ…」
「初めて出会った時から君は無茶ばかりしてて…。けれど、どうしてだろう。いつしかそんな君から目が離せなくなってた」

ゆっくりと太腿を撫でる手が心地好くて、体がぴくんと跳ねる。
理性が次第に蕩けそうになっていると、武市さんがふと私の左手を取る。そして、そのまま甲に口づけを落とした。

「だから…一生をかけて小娘を守りたいと思ったんだ」
「武市さん…」
「僕が愛しているのは小娘だけだ。この先もずっと」

瞬きをすると、一筋の涙が頬へと伝う。
その滴が落ちたのは、私の左手の薬指の―。

「こ、れ……」
「小娘」

涙で一層きらきらと光るダイヤモンドのリング。
指にぴったりとはまったそのリングから顔を上げると、少し恥ずかしそうに頬を染めた武市さんが私に微笑んだ。

「僕と、結婚しよう」

次から次へと溢れてくる涙。
きっと今頃酷い顔になっているかもしれない。
けれど、これが夢じゃないのなら、そんなことはどうでも良い。

「返事は、貰えないのかな」
「私なんかで…良いんですか…?」
「君じゃなければ意味がない。僕が愛しているのは小娘だけなんだから」
「たけちさん…」

「泣いた顔も可愛いよ」と目許を拭ってくれる武市さんに飛びつくと、肩越しに窓が目に入る。いつの間にかちらちらと降り始めた粉雪に、私は夢のような一夜の幸せを噛み締めていた。

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