第二話(1)


振り下ろされた刀が私の制服を裁ち切ったあの瞬間、これが夢じゃないことには気付いていた。だけど、それでも私はこの現実を受け入れられなかった。

(だってそんなこと…あるわけないよ)

私はただ、カナちゃんとお揃いのキーホルダーを探していただけだった。
それがまさか、次に目を覚ました時には知らない男の人に抱き起こされるだなんて思いもしなかった。

(…男の人?)

引っ掛かりを持つ言葉に、頭を覆っていた靄がさあっと晴れる。すると今度は、鮮やかな紺碧色の着物が瞼の裏に映った。

(この人…は…)

見覚えのある人影に記憶を手繰っていると、忽然とその姿は消え失せてしまった。それをきっかけに、ぴったりとくっついていた瞼がぴくりと引きつった。

「……あ、目が覚めたんやね」

差し込む太陽を眩しく思いながら瞼を上げると、着物姿の女性が心配そうに私を見下ろしている。その顔から視線を外し、辺りを見回せば、さっきの部屋とは違った景色が目に入った。

「ここ…は…?」

ひんやりとする額に手を伸ばすと、濡れた手拭いが乗せられている。ここにしてやっと私は、自分が寝かされていることに気が付いた。

「寺田屋や。うちは、ここの女将のお登勢どす」
「寺田屋…!?」

慌てて起き上がろうとすると、頭がくらくらして身体が思うように動かない。そんな姿を見た女将さんは、私をまた布団に押し戻した。

「顔色がまや、よおあらしまへん。無理をしてはあきまへん」
「え、あ、あの…」

そう言って温くなった手拭いを桶に浸し、女将さんはにっこりと微笑む。私は彼女を見つめながら、僅かな可能性をまだ捨てきれずにいた。

「あの女将さん…今日ここに泊まる人の名前に、蒼凛高校ってありますか…?」
「そうりん…?いえ、そないお名前のお人さんはあらしまへんで」

その返事を聞いた途端、私はまた目の前が真っ暗になった。今までの出来事が長い夢だったなんて一縷(いちる)の望みは、もう持つことが出来なかった。

(やっぱりここは…昔の日本なの…?)

地理を専攻していた私には、慶応がいつの時代なのかはわからない。けれど、電線のない空や行き交う人々の着物姿が、現代から程遠い時代であることを物語っていた。

「それにしても、武市はんが女子を抱えて来はるなんて驚きどした」

意外そうな顔でそう話す女将さんを見て、あやふやだった私の記憶が徐々に戻ってきた。

(そうだ…!武市さん!)

「女将さん、今武市さんはどちらにいるんですか?」

あの紙を見て、泣き出した私を彼が抱き寄せてくれたことは覚えている。けれど、それ以降の私の記憶は全くなかった。

「武市はんは別室にいまんねん。今日は大事なお人さんが来はる日やと前々から言うてやはったさかい」

そう言われて、私はあの時武市さんが誰かと待ち合わせしていたことを思い出した。

(どうしよう…!私、すごく迷惑を掛けちゃった…!?)

きっと後から来たあの二人と大切な約束があったのに、私は自分のことで手一杯だった。今更ながらそのことに気が付き、私は申し訳なさでいっぱいになった。

「―…失礼します」

悶々とそんなことを考えていると、障子がすっと開け放たれる。その先にいたのは、澄んだ紺碧色の着物を纏った武市さんだった。

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