第一話(3)
柔らかな雰囲気を纏う小娘さんには、淡い色がよく似合うだろうと考えていた。
だからこそ、薄桃色の着物が数多く並ぶ中で、彼女が紺青色のそれを選ぶとは少々意外だった。
「た、武市さん…用意が出来ました」
しどろもどろする彼女の言葉に後ろを向くと、小娘さんの頬は見事なまでな林檎色に染まっている。
そしてそれは、襦袢越しに透ける彼女の身体も同様だった。
「肩の力を抜いて、顔を上げて」
「は、はい」
気を効かせたつもりなのか、意味深げに笑みを浮かべた女将はあの後すぐに消えてしまった。
聞けば、彼女は今まで一人で着物を着付けたことがないと言う。
(余程、大切に育てられたのだな)
唇の端を小さく上げると、小娘さんは不思議そうな顔を返してくる。
「どうかしましたか…?」
「いや、何でもない」
細い身体に着物を通し、合わせ目に手を掛ける。すると、偶然その指がふっくらとした彼女の胸に触れてしまった。
(…相手はまだ子どもだぞ)
そう自分に言い聞かせ、何事もなかったように手を動かす。
けれども、そのふわふわとした感触は、以後も僕の頭から離れることはなかった。
「出来たよ」
きゅっと帯を結び終え、膝を上げると、過刻とはがらりと雰囲気を変えた小娘さんが僕を見上げていた。
「あ、ありがとうございます、武市さん」
目を細めて満面に笑みを浮かべるその表情は、あたかも幼子のように見える。
それなのに、何故か僕の心の臓は早鐘を打ち続けていた。
「あの…それで、着物代なんですが…」
暫しその姿に魅入っていたらしい僕は、おずおずとした声で我に変えった。
「必要ない。元はと言えば、僕のせいなのだから」
「で、でも、あっ武市さん…!」
彼女に背を向け、障子を開け広げる。
すると、季節にそぐわぬ涼風が部屋に流れ込んできた。
「あっ…」
その刹那、部屋の角に畳まれていた紙切れの一枚が、風に乗って小娘さんの足許に落ちる。
「…?何でしょう、これ」
畳に屈み、それを拾い上げた彼女は難しそうな顔で半紙を眺めている。
だが、その視線を一点に定めると、小娘さんはその大きな瞳を更に見開いた。
「どうかしたか?」
「慶…応…?」
傍に腰を落とすと、へたりこんだ彼女の手にはありふれた瓦版が握られている。
しかし、小娘さんの注意を引いたのは、その内容ではなく隅に書かれた日付のようだった。
「…小娘さん?」
僕の声は届いていないのか、彼女は依然として瓦版を見つめている。
すると暫くして、その瞳が薄らと涙で滲み始めた。
「ふ…」
力がすっかり抜けている身体をこちらに向かせると、小さな滴が今にも零れ落ちそうになっている。
その様子に居た堪らなくなった僕は、気が付けば小娘さんを抱き寄せていた。
「たけ…ちさん…私…」
黙って腕に力を込めると、彼女は震えながら僕に身を委ねる。
その時折漏れる潤み声は、胸先だけでなく、僕の心までをも濡らしていくような心持ちがした。