第一話(2)
声がした方向に一瞥をくれると、息を切らせた龍馬と以蔵が目に触れる。
二人は僕の後ろに立っている小娘さんに視線を移すと、きょとんとした顔付きになった。
「ん?この娘さんは誰じゃ?」
「あ、あの…」
突然現れた男達に、彼女が僕の背中をきゅっと掴む。
僕はその手を徐に取り、二人の間を通り抜けた。
「詳しい話は後だ。それよりも、早くあの人を迎えに行かなくては」
「あ、ああ…そうじゃの」
少々強引に言い含め、僕らは寺田屋に歩みを進める。
しかし、その間も龍馬と以蔵は小娘さんをちらちらと盗み見ていた。
(…無理もないか)
遠目でもよく映える、整った目鼻立ちにぽってりとした紅い唇。
その上、長い手足を露にしている異国の衣紋は人目に立つ。
(二人とも、綺麗な女子には弱いからな)
そんなことを思い、含み笑いをしていると、突如殺気を帯びた空気が流れてきた。
「…小娘さん、下がって」
「え?」
間が抜けた声と同時に、柄を勢い良く鞘から引き抜く。
「武市、斬ってはいかんぜよ!」
手緩い台詞に舌打ちしたい気持ちを抑え、のろのろと刀を振るう男に斬り掛かる。既に相手は、顔を引きつらせながら無闇やたらにそれを振り回しているだけだ。
が、その時僕の後ろに目を遣った男の顔が歪み、大きな一刀が空を切った。
(…!)
その手許が振り落とされる前に、自身の剣先が相手の喉元を掠める。
それは、相手を気絶させるには十分な衝撃だったようだ。
「流石じゃのう、武市」
白い歯を見せながら笑う龍馬に険しい視線を投げ、僕は静かに刀剣を鞘に戻した。
「…何故止めた」
少し苛立ちながら問うと、ぽつりと物憂げな声が漏れる。
「おんしには誰も殺めて欲しくないんじゃ。…以蔵にもな」
「…甘いことを」
過ぎ去った日々を思い起こさせるその言葉は、僕の心に痛みをもたらした。
「あ…」
その時、背中にぽすっと柔らかい感触が当たる。見れば、それは小刻みに揺れる彼女の頭だった。
「小娘さん、大丈夫か」
「あ…ごめ…んなさ…わたし…」
振り返り、身震いが止まらぬ彼女に腰を落とすと、着類の裾が切り裂かれていることに気が付く。
尤も、その肌に傷は付いていないようだった。
「すまないが、先に行っててくれ」
安堵の溜息を吐いた僕は、彼女の手を取り、近くの呉服屋に足を踏み入れた。
「武市さん、これくらい大丈夫です」
にこにこと着物を並べ立てる女将に困惑する小娘さんは、右手を裾の上に乗せたまま動かない。
止むを得ず僕は、彼女を引き寄せ、店の座敷に腰を下ろした。
「君のその格好は目立ち過ぎる。気にせず好きな物を選ぶと良い」
「は、はい…あの、武市さん、」
不思議そうな顔付きで着物に視線を注ぐ小娘さんは、戸惑いがちに口を開いた。
「このお店には、着物しか売っていないんでしょうか?」
「ああ。君が今着ているような異国の物はないだろうな」
「…?そうですか…」
小首を傾げながら、彼女は並べられた着物を手に取る。
そしてある一着を選ぶと、遠慮深そうに声を掛けてきた。
「これにします」
「そうか。では、僕は部屋を出るとしよう」
すると彼女は、思ってもみなかった言葉を口にした。
「あの…どうやって着たら良いんでしょうか…?」