第一話(1)
瞬きを忘れたように僕を見つめる瞳から顔を背け、今一度彼女の格好に視線を巡らせる。
擦れ合う木々の合間から降り掛かる陽光は、惜しみなくさらけ出された脚を明々と照らしていた。
「あ…すみません…」
漸く自分が倒れ伏していたことを自覚したらしい彼女は、か弱げな声を発しながら上体を起こす。
他方、その声色にはたとした僕は、慌ててそのすらりと伸びた下肢から視線を外した。
「ここ…は…」
よろめきながら立ち上がり、彼女は虚ろな眼差しで周囲を見回し始める。
そして後ろ手の鳥居に視点を定めると、またしてもその身躯がふらっと揺らついた。
「危ない!」
「こ、ここ…どこですか?」
危うく崩れ落ちそうになる身体を支えてやれば、血の気を失った顔が僕を仰ぎ見る。
その奇妙な台詞に、思わず僕は眉を曇らせた。
「私…さっきまでお寺にいたんです。なのに、どうして…」
動揺しながら話す彼女は、再び不安げに視線を泳がせる。
最早その体躯は、独り立ち出来ぬ程力が抜けている。止む無く僕は、彼女を鳥居に持たせ掛け、自身もその傍に腰を置いた。
「落ち着きなさい。大丈夫だから」
細やかな肩に手を置き、宥(なだ)めるように口を動かす。
彼女は一瞬、ぴくっと身体を震わせたが、暫くして幾らか落ち着きを取り戻したようだった。
「ご、ごめんなさい…。私、何が何だかわからなくて…」
「いや、気にしなくて良い」
淀みのない流暢な話し振りは、日本人そのものだ。
しかし、一向に腑に落ちないのはその着類だった。
「まずは、状況を整理した方が良いだろう。僕の名は武市半平太。…君は?」
「名無し…小娘です」
「…小娘さん」
初めて口にした彼女の名は、とても心地好い響きだった。
「先程、寺にいたのだと言っていたね。それはどこの寺だい?」
「…わかりません。私、京都は初めてで…。でも、すごくぼろぼろなお寺でした」
僕が先程歩いた限り、この付近に寺はなかった。
この時点で、二つの考えが頭に浮かぶ。
(倒れた拍子に頭を打って混乱しているのか…それとも、それを装った間者か)
「連れ人はいるのか?」
「連れ人?あ、友達とはさっき別れちゃったんです…」
「そうか」
寺の呼称も友の行方も分からぬのでは、打つ手はない。
だが、このまま彼女を放っておくのは良心が咎めた。
「京には、泊まり掛けで来たのか」
「はい、そうです」
「…宿元はどこだい」
「えっと、確かテラダ…って名前だったと思います」
その答えに、思わず眉がぴくりと動く。
けれども僕は、それを悟られないように冷静に返答した。
「…寺田屋なら知っている。宿屋に行けば、友人とも合流出来るだろうから、案内しよう」
「え、でも、そこまでお世話になるわけには…」
「乗り掛かった船だ。気遣いは必要ない」
彼女が間者かもしれないと言う疑念を拭い去った訳ではない。
しかし、かと言って芝居を打っているようにも思えなかった。
「おーい!待たせたのう」
そんなことを思っていると、街道から見慣れた人影が駆け寄ってきた。