第七話(3)


男所帯といった桂さんの言葉通り、夜更けになっても長州藩邸は賑やかだった。
至るところで酒宴が開かれているのか、厨で後片付けをする私と桂さんの許には、ひっきりなしに藩士の人達が出入りしている。

「遅くまでありがとう。後は各々にやらせるとしよう」
「大してお手伝い出来なくてすみません。桂さんのお料理、すごくおいしかったです。ごちそうさまでした」
「ふふ。そう言ってくれると私も嬉しいよ。これは手伝ってくれたお礼だ。口に合うと良いが」

桂さんが差し出した白い紙包みを受け取り、それを開けた私は、思わず感嘆の声を上げた。

「わあ可愛い!朝顔の形をしてるんですね」
「名前もそのまま、朝顔というんだよ。ひとつしかなくて申し訳ないが…」
「大丈夫です。半平太さんと半分こしますから」

先に部屋へ戻った彼のことを思い浮かべながら、私はそれを包み直す。
そのとき、桂さんが静かに口を開けた。

「…僕はね、武市君の人となりに関しては信頼しているつもりなんだ」
「……?」
「彼は色情に溺れるような人間じゃない。だから、君を引き取ったのには何か別の理由があると思っている」

穏やかな口振りに反して、彼の眼差しは私を見定めるようだった。その瞳から視線を外すことが出来ず、私はお菓子のことも忘れて、両手をぎゅっと握り締めた。

「だが、それを詮索するつもりはないよ」

困ったように笑ったかと思うと、桂さんは私との距離を一歩縮めた。

「ただ、晋作が君のことを気に入ったようでね。小娘さんさえ良ければ、ここに来る気はないかい」
「え……?」
「何も武市君との仲を引き裂こうという訳じゃない。ここにいても彼に会うことは出来る」

「それに」と彼の口が続く。

「何より、新撰組の手がここまで伸びてくることはない。君も安心して暮らせるだろう」
「………」
「返事を急かすつもりはないが…引いては武市君の為でもあるんだよ」
「あの…桂さん……」
「なんだい」

足許から顔を上げ、私はずっと気になっていたことを口にした。

「もしも私が…半平太さん達が新撰組に捕まったら…どうなっちゃうんですか」

その言葉に、今まで薄笑みを浮かべていた桂さんの眉がぴくりと動く。その瞬間、まるで私達のところだけ時が止まってしまったかのように、急に周りの喧騒が聞こえなくなった。

「…どちらが先に死ぬか、だね」

耳を疑いたくなる台詞に、すっと背筋が凍る。私の手を着物から剥がし取った桂さんは、伏し目がちにそれを見つめた。

「水責めに石抱…笞(むち)打ち…。もし誰か一人でも彼らに捕まれば、死ぬまで責め苦に合うのは免れない。無論、僕らとの関わり合いが知れれば、君とて例外ではない」

眩暈がした。
言葉のすべてを理解出来た訳じゃない。
それでも、「拷問」という単語が頭を過ったとき、私の身体は無意識に震え始めていた。

「そん…な……」
「…小娘さん」
「わたし…私はどうすれば……」

なんて私は無力なんだろう。
守って貰うばかりで、あの人に何一つ返すことが出来ない。
その事実を突き付けられた途端、込み上げた感情が涙になって溢れた。

「君はそのままで良いんだよ」

ぽんぽんと背中を撫でてくれる桂さんから、優しい声が降ってくる。

「小娘さんは武市君の傍にいるだけで良いんだ。きっと彼も、それを望んでいるよ」
「桂さ……」
「なんて、私が言えた義理じゃないな」

涙を拭った先には、ばつが悪そうに微笑む桂さんがいた。
それに首を振った私は、「ありがとうございます」と呟いた。


「ああ、手伝いは終わったのかい」
「…はい」

薄暗い灯りの中で、半平太さんが本を繰る手を止める。
その傍に腰を下ろした私は、俯いたままぽそりと口を開いた。

「今日は…ご迷惑をお掛けしてすみませんでした……」
「まだ気にしていたのかい?そのことならもう…」
「あ、あの…!」

急に声を大きくした私に驚いたのか、見上げた半平太さんは眉を顰めていた。けれど、もう後戻りは出来なかった。

「わたし…半平太さんの役に立ちたいんです…」
「小娘…?」
「でも…お仕事の役には立てないって分かってます…。だ、から…」

自分が何を言おうとしているのか、考えただけでも心臓が飛び出そうになる。それでも、私の唇は最後まで淀みなく動いてくれた。

「せめて、身体だけでも貴方の役に立たせてください…」

藍色の着物に顔を埋めると、一層自分の心臓の音が速くなる。そのままどちらともなく押し黙った私達の隣には、一組のお布団が敷かれていた。

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