第七話(2)


真っ直ぐに向けられた瞳に「どうして」とは聞けなかった。
半平太さん達を『罪人』だと言い放った平助君。侍の世を終わらせることが正しいことなのか間違いなのか、私には分からない。
だけど、ただひとつ分かるのは―。

「ここが長州藩邸だ。…小娘?」

はっとして地面から顔を上げると、半平太さんと視線が搗(か)ち合う。
そのまま正面を向いた先には、立派な門構えのお屋敷が建っていた。

「少しここで待っていなさい…とその必要はなさそうだな」

門番らしき人に声を掛けようとする間もなく、半平太さんが苦笑いを浮かべる。
その視線の先を見ようとした瞬間、がっと門扉に手が掛かった。

「きゃっ!」
「遅い!!待ちくたびれたぞ!お?これが岡田が言ってた女か」

突然現れた派手な着物姿の男の人は、私の頭から爪先へと視線を落とす。そして何を思ったのか、頷きながらにかっと口を開けた。

「噂通りの可愛い女だ!おい、お前名前は?」
「小娘…です…名無し、小娘…」
「ほう。名前もまた良い!俺は高杉晋作だ。お前、なかなか面白い女らしいな!」
「は、はぁ…」

気迫に押され、思わず私は一歩後退(あとずさ)る。それと同時に、目の前に紺青色の背中が立ち塞がった。

「高杉さん、申し訳ありませんが、部屋をひとつ貸して頂けませんか。この子を休ませてあげたいのですが」
「ああ良いぞ!なんなら今日は泊まっていけ。そいつの武勇伝も聞き応えがありそうだしな!」
「ご厚意感謝いたします」

お屋敷に引き返していく高杉さんに続きながら、半平太さんがそっと私の手を引く。振り向き様に私を見た彼は、唇だけで静かに笑った。


次々と空いていく酒瓶と平行するように、陽気な笑い声が増えていく。尤も、その笑い声はほとんど高杉さん一人のものだった。

「あっはっは!それで大久保さんの厭味に噛み付いたか!」
「だ、だって約束が守れなかったのは、そもそも私のせいなのに…。あんな言い方ってないと思います…」
「…確かに、大久保さんの物言いは少し大人げないね。晋作も、そんなに笑っては失礼だよ」

笑い転げる高杉さんを戒めながら、桂さんは銚子を傾ける。
晩御飯が始まる前、半平太さんが紹介してくれた桂さんは、高杉さんと同郷の補佐役だということだった。

「男所帯で何かと騒々しいと思うが、ゆっくりしていくといい。宜しくね、小娘さん」

目鼻立ちの整った顔と落ち着き払った口調。
桂さんと半平太さんが纏う空気は、どこか似ているような気がした。

「けどよ、今日はあの沖田と藤堂に食い付いたんだろ?こんな女なかなかいないぞ!」
「そんな、私はただ必死だっただけで…」
「それほど武市が好きか」

右手の箸はそのままに、左手に持っていたお茶碗が畳に転がる。口をぱくぱくさせる私に「図星か」と言うと、高杉さんはまた高笑いを上げた。

「なあ」
「……!?」

急に立ち上がるや否や、隣に座り込んだ高杉さんは、私の肩を力任せに引き寄せた。

「武市なんか止めて俺にしろ。あいつよりよっぽど楽しませてやるぞ」
「…やっ……」

ふっと吐息が吹き掛かり、睫毛が揺れる。その瞬間、反対側の肩が突然引っ張られた。

「高杉さん」
「なんだ」
「今宵は一部屋だけ用意して下されば結構です。僕と小娘は同じ部屋で休みますので」

むっとした顔から一転、高杉さんの頬に赤みが差す。
けれど、恐る恐る見上げた先にいた半平太さんは、そんな彼をにこやかに見返していた。

「それは、今言わなきゃならないことか」
「はい」

ちっと舌打ちした高杉さんは、赤い顔のまま「ならさっさと休め」と言い捨てた。

prev | top | next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -