第四話(1)


一時の情に絆(ほだ)され、見も知らぬ女子を囲うとは何と馬鹿げた考えだろう。そんな同情染みた感情はとうに捨てたはずだったのに、なぜ僕は彼女を拒めなかったのか。

『たけ…ちさん…私…』

白眼を真っ赤にさせて瞳を揺らす小娘を見た途端、僕の腕は無意識に彼女を抱き寄せていた。
その涙が真実なのか、それとも僕を欺くための嘘なのか、考えもせずに。

『君は遊郭に売られそうになっているところを、僕が見つけて買った』

あの時口にした言葉は、無垢な君を守るための詭弁だったはずだ。
それに意味などある訳がない。

『のう、武市。おんし、もう小娘さんを―…』

だが、なぜこんなにも胸がざわつくのだろう。あの男の言葉が再び脳裏を掠めた瞬間、僕は欲情のままに彼女の唇を奪っていた。


「ん…ふぅ…はんぺいたさ…」

薄らと瞼を上げると、絶え絶えに声を漏らす小娘の長い睫毛が濡れている。
それにも構わず、彼女の髪を掻き乱しながら口吸いを続ければ、何とも言えぬ甘い匂いが鼻腔を擽った。

「はぁ…はぁ…、半平太…さ……?」

苦しそうに肩で息をする小娘の唇は、さくらんぼのようにしっとりと濡れている。
灯火に艶めく赤い唇に更なる欲情を掻き立てられそうになりながら、僕は小娘の耳許に顔を移した。

「…すまない」
「……?」

彼女にしか聞こえないようにそうささめくと、僕は部屋と廊下を隔てる障子に手を掛けた。

「…何か用か」

柱に身体を預ける龍馬と視線が合うも、その表情はさして驚いた様子もなかった。
けれども、真っ赤な顔で硬直する小娘に視線が移ると、ふっとその口許が緩んだ。

「いやなに。小娘さんは饅頭が好きかと思ってのう」

ずかずかと部屋に入るや否や、小娘の前に座り込んだ龍馬は、その手に持っていた紙包みを畳に置いた。
だが一方の小娘は、今しがたの出来事にまだ目が覚めていないのか、頬を真っ赤に染めてぼんやりとしていた。

「あ…ありがとうございます、坂本さん。お饅頭、大好きなんです」
「ほうか。持って来た甲斐があったのう」

そう答えるのと同時に、龍馬の手が小娘の頭に伸び、その髪を撫で始めた。
その横顔は屈託ないいつもの笑顔に思えたが、その瞳に妖しい光が宿っているのを僕は見逃さなかった。

「おんしの髪はさらさらじゃのう。しかも何やら甘い匂いまでする」
「さ、坂本さん…あの…?」
「わしのことは龍馬でええき。のう、小娘さん、」

髪を撫でていたその手が小娘の頬に移ろうとした瞬間、僕の理性はそこで途切れた。

「―龍馬!!」

自分でも驚くほど荒々しい声が出たかと思うと、彼女の肩がびくんと揺れた。だが、驚いて顔を強張らせる小娘とは対照的に、相変わらず龍馬はその表情を崩さなかった。

「用向きが終わったのならいつまでもここにいる理由はないだろう。さっさと部屋に戻ったらどうだ」
「…そう怖い顔をするな、武市」

手を下ろし、やれやれと溢しながら腰を上げた龍馬は、僕の隣で一旦その足を止めた。そして横目で僕を一笑すると、微かに唇を動かした。

「…夜に見る小娘さんはまっこと色っぽいのう」
「――!」

僕の肩にぽんと手を置き、「邪魔したの」と告げ、龍馬は部屋を後にした。

(…食えない奴だ)

小さく溜息を吐き、龍馬の背中から部屋に顔を戻すと、小娘は畳に視線を落としていた。その右手を、先程まで触れ合わせていた唇に当てて。

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