第三話(2)


「先生、何をお考えですか…!そんな得体の知れない女、俺は反対です!」

突然立ち上がったその人は、きっと私を睨むと、噛み付きそうな勢いで半平太さんに迫る。だけど、それに対して半平太さんは、依然として涼しい顔を崩さなかった。

「口を慎め、以蔵。もう決めたことだ」
「先生…!」

「以蔵」という人にそう答える半平太さんの声色は、氷のように冷たかった。私が二人の遣り取りに戸惑いながら彼の着物を掴んでいると、一転けたたましい笑い声が室内に響いた。

「何が可笑しい、龍馬!」

その声にびっくりして視線を移すと、あのふわふわの黒髪の人が大笑いを上げていた。

「いやなに。武市が女子を囲うとは思いもせんかったのう」

目尻に溜まった涙を掬い、漸く笑いを収めたその人は、私の隣にどっかと座り込む。そして綺麗な薄紫色の瞳で私を見つめると、にこりとまた笑みを溢した。

「わしは武市と同郷の坂本龍馬じゃ。宜しく頼むぜよ、小娘さん」
「は、はい、こちらこそ宜しくお願いします」

そう言って差し出された坂本さんの手を握りながら、私は頭を捻った。屈託ない笑顔を向ける彼の名前は、歴史の知識が乏しい私でもすぐに思い出すことが出来た。

(坂本龍馬って、薩長同盟を結んだ人…?確か、その後すぐに江戸幕府が終わりになったんだよね…)

周りを忘れてそんな考えに耽っていると、突然ぱしんと手に小さな衝撃が走る。その音にはっとして顔を上げると、半平太さんが鋭い眼差しを坂本さんに向けていた。

「馴れ馴れしく触るな」

半平太さんは私の手を取ると、ぐいっと身体ごと引き寄せる。そんな私達を見た坂本さんは、叩かれた自分の手を擦りながら、ふっと唇を緩めた。

「…なんじゃ。もう手を付けるとは早いのう、武市」

その顔付きはさっきのふわりとした笑顔ではなく、どこか艶めいた雰囲気を漂わせる笑顔だった。

「ほう。何やら興味深い話をしているようだな」

いきなり廊下から声が聞こえたかと思うと、すっと障子が開け放たれる。片目を前髪でそっくり隠したその人が姿を見せた途端、部屋の空気がぴんと張り詰めたのが分かった。

「おお、大久保さん。待っとったぜよ」

「大久保さん」と呼ばれたその人は、じろりと私を一瞥し、くっと唇を曲げた。そして、立ち上がった坂本さんと入れ違いに私の隣に座ると、半平太さんに冷やかな目線を向けた。

「武市君。よもやと思うが、こんな小娘のために今日の約束をすっぽかしたのではあるまいな」

(…!)

大久保さんの台詞にぱっと視線を変えると、半平太さんが頭を下げる姿が目に映った。

「…申し訳ありませんでした」

彼の返事を聞いた大久保さんは、大きな溜息を吐いて半平太さんを見ている。私はまだ頭を上げない彼を見て、胸がずきんと痛むのを感じていた。

「あのっ違うんです!それは私のせいで…」
「小娘」

私は少し前の半平太さんの台詞を思い出し、喉まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。そんな私達を見る大久保さんの目付きは、先程よりも不機嫌そうな色が表れていた。

「これだから土佐の者など信用出来んのだ。君もこんな小娘のために約束を反故にするとは、随分落ちぶれたものだな」

ああ、それとも、と大久保さんは一息に捲し立てる。

「武市君ともあろう者が、余程女に不自由しているということか」

嫌みたっぷりに話し終えた大久保さんに、私の中で何かがぷつんと切れた。

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