月下の夢(3)
(...油断していた)
灰色の雲に月が霞む。
闇雲に走っても仕方ないと分かってはいるが、手掛かりが何もない以上、あれこれと考えを巡らすよりも、まだこうしている方がましに思えた。
俺はまだ、小娘に何もしてやれていない。
夫婦とは名ばかりで、寂しい時に傍にいてやることも、こうして守ってやることも出来ない。一年前、誰よりも幸せにすると誓ったはずなのに。誰よりも大切にすると誓ったはずなのに。そんな思いばかりが空回りし、気が付けば俺は、あの神社の前まで来ていた。
「小娘っ...!」
「...え?」
思わず声を張り上げると、石段の人影がぴくんと揺れる。夜風に木々がそよぎ、月明かりが徐々にその姿を照らし始める。
「慎ちゃん?どうしてここに...?」
「それはっ...俺の台詞だよ」
目を忙しなく上下させる小娘を抱き締め、俺は胸の内から息を吐き出した。
「良かった...。小娘に何かあったんじゃないかと思った...」
「ご、ごめんなさい...。今日、慎ちゃん帰って来れないと思ってたから...」
柔らかな肌から伝わる心地好い温もり、それに甘い匂いが相まって、身体からふっと力が抜けそうになる。胸の中で顔を上げた小娘は、俺の後ろに視線を向けながら、嬉しそうに微笑んだ。
「あのね、すごく月が綺麗だなって思って...。ここならよく見えると思って、ご飯は後回しにして来ちゃったの。それにね」
目を閉じた小娘は、胸に顔を寄せながらぽつんと呟いた。
「慎ちゃんも同じ空を見てたら良いなって...思ってたの。一緒にはいられなくても、同じ物を見ていたかったから」
そうか。もしかしたら俺は、大きな勘違いをしていたのかもしれない。
月から目が離せなかったのは、小娘が俺を呼んでいたから―。都合が良い解釈だ、と言われてしまえばそれまでだが、そう思わずにはいられなかった。
「俺も、さっきまで月を見てたんだ」
「本当?...あれ、そう言えば慎ちゃん、お仕事は?」
急に不安そうな顔を見せる小娘の頭を撫で、俺は薄桃色の頬に口付けを落とした。
「小娘に会いたかったから帰って来た」
「え...?」
「でも一緒にいられるのは朝までだから...。だけどそれまでは、嫌って言われても離してやらないから、ね」
軽く唇を合わせただけで、一気に身体に熱が広がっていく。
薄らと濡れた下瞼を指で拭うと、小娘は恥ずかしそうに頬を俯かせた。