月下の夢(2)


「で、ですが...。明日もこちらで大久保さんと会う約束が...」
「そんなの朝一番で戻ってくればいいことだろうが。もう話は纏まったんだ。どうせ今宵は馬鹿騒ぎしてお開きになるだろう」
「......」

何故そんなことを突然言いだしたのか、俺は理解出来ずにいた。
だが、高杉さんは沈黙を続ける俺に長い溜息を吐くと、またゆっくりと酒を注ぎ始めた。

「お前、小娘に会いたくて仕方ないって顔してるぞ」
「へ?」
「顔に出てるんだよ、顔に。お前も、小娘のことになると分かりやすいな」

声を立てて豪快に笑うその横顔に、悪戯っぽい八重歯が覗く。

「良いか、お前のために言ってるんじゃない。小娘のために帰ってやれ、と言ってるんだ」
「......!」
「さっさと帰らんなら俺が行くぞ!小娘も俺に会いたいだろうしな!」

冗談なのか本気なのか、うんうんと頷く高杉さんより早く立ち上がり、俺は夜気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「...帰ります。申し訳ありません。明日の朝までには戻ります」
「こっちのことは気にするな。あの三人のまとめ役がいなくなるのは困るが...。ま、吐くまで飲んだら適当に雑魚寝してるだろ」

三人、とは言うまでもなく龍馬さん、武市さん、それに以蔵くんのことだ。三人とも酒癖が良いとは言えないが、ここで騒ぎを起こすような真似はしないだろう。...多分。

「本当俺も人が良いよな...」
「...?何か言いましたか?」
「だー!なんでもねぇよ!良いからさっさと行っちまえ!!」
「は、はい、失礼します」

語気を荒げるその背中に頭を下げ、俺は玄関へと急いだ。

夜道を照らす月明かりに誘われ、自然と足が早くなる。
突然帰って来た俺を見て、小娘は何て言うだろう。
「どうして?」と驚いてくれるだろうか。
それとも「会いたかった」と抱き着いてくれるだろうか。

「...ただいま」

切れ切れになった息を整え、戸をゆっくりと引き開ける。だが、いつもなら聞こえる足音がないばかりか、室内には人の気配すら感じない。

「小娘?」

一時的に借りたこの仮住まいは、俺達と小娘だけで暮らしている。通いの下女がいるのは夕刻までで、この時間にはもう小娘しかいないはずだ。
弱々しい廊下の明かりを頼りに居間まで歩みを進めてみるも、やはり彼女の姿はない。だが、全く手が付けられていない膳が目に映った瞬間、すうっと頭が冷たくなった。

「......っ!」

嫌な予感が頭を過ぎった。
考えるよりも先に足が外を向き、京の街へと動き出した。

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