ずっと傍に(1)


純白の布地によく引き立つ深紅色の寒牡丹。
その絵柄は、さながら彼女のように優艶な雰囲気を醸していた。

「ほう!ありゃ綺麗な風呂敷じゃ。小娘さんによく似合いそうじゃのう」

聞き覚えのある声が耳に響くと、往来の真ん中で立ち往生していた僕の肩がぴくりと上下に動く。
僕は少し頬が紅潮するのを感じながら、じろりと睨むように後ろを向いた。

「…どうしてお前がここに。今日は、土佐藩邸で会合じゃなかったのか」
「ああ、ちっくと予定が変わってのう」

龍馬は困ったような笑みを浮かべると、僕の腕を掴んで小間物屋の暖簾を潜る。
そして、僕の手許の荷に視線を落としながら、意味有り気に声を潜めた。

「抜け駆けとは狡いのう、武市」
「…何の話だ」

肩に置かれた手をすっと退けると、にやついた顔の龍馬と視線が合う。

「それをあの風呂敷に包んだら、小娘さんも喜びそうじゃのう」
「…ああ」

つい挑発に乗ってしまいそうになりながらも、何とか平静を装う。
そんな僕の姿を見た龍馬は、口許をへの字に歪ませた。

「はぁ…。わしも仕事さえなければ、小娘さんに何か土産を買っていってやれるのにのう」
「…まあ、仕事なら仕方あるまい。今回は諦めろ」

僕は微かに口許を緩ませながら、あの風呂敷包みに手を伸ばした。


今にも雪がちらつきそうな空模様の中、彼女の顔見たさに急ぎ足で帰路に就く。
すると暫くして、玄関の物音を聞きつけたらしい小娘さんがひょっこりと姿を現した。

「あ、武市さん、お帰りなさい!」
「ただいま、小娘さん」

ぱっと花が咲いたような彼女の笑顔に、寒さも疲れも不思議と和らいでいく。
僕は小脇に抱えた包みを手渡し、小娘さんの手を握りながら彼女の部屋に向かった。


「わっ…とっても綺麗な風呂敷ですね!開けても良いんですか?」

瞳をきらきらさせながら、彼女は嬉しそうに包みを解いていく。
その顔につられて、僕の心も火が灯ったように温かくなった。

「…?武市さん、これは何ですか?」

小娘さんは自分の手に収まるくらいの小瓶を目の前に持ち上げ、そっとそれを傾ける。
僕は包みの中から同じ物をもう一本取り出しながら、それをとろりと手に落としてみせた。

「これはね、こうして使う物」
「…え?」

水仕事で少し乾燥してしまった彼女の手を包むように撫でると、徐々に滑らかさを取り戻していく。
指の間と先まで丁寧に塗り込んでやれば、小娘さんは少し恥ずかしそうに表情を崩した。

「ありがとうございます…。こ、これって、ハンドクリームみたいなものでしょうか…?」
「…君の世界のそれとは違うかもしれないが、これは里芋や牡蠣の殻を原料にした保湿油だ。この時季は、乾燥が厳しいからね」
「あ、道理で不思議な匂いがすると思いました」

合点がいったのか、彼女は感心したように小瓶を眺める。
僕は少し名残惜しく感じながらも、一通りそれを塗った小娘さんの手を離した。

「そんなに綺麗な肌をしているのだから、もっと自分を大切にしなくては。それは君にあげるから」
「あ、ありがとうございます…」

どことなく擽ったそうに頬を緩め、小娘さんは小瓶をぎゅっと握りながら僕を見上げる。
だが僕の顔を見た彼女は、ふと何かに気付いたような表情になった。
僕はその様子に首を傾げ、黙ってその顔を見返した。

「小娘さん?」
「あの…武市さん」

僕の顔から視線を外さないまま、彼女が小瓶の蓋をゆっくりと開ける。僕がその音に耳を傾けていると、そっと彼女の人差し指が唇に触れた。

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