雪夜の密事(1)


かたかたと鳴る障子から入り込む隙間風。
刺すような冷気に耐えかね隣にある身躯を引き寄せると、それに喫驚した彼女は小さく声を漏らした。

「武市さん?」

優しい声音に瞼を上げれば、鼻先が触れそうな距離に小娘がいる。
僕は彼女の細腰に手を回し、その滑らかな頬辺に唇を押し当てた。

「おはよう」

今し方僕が触れた頬を押さえながら、小娘は柔らかく微笑む。
その表情は、昨夜僕の耳許で嬌声を上げていた女性を思わせる節はなく、穢れを知らない童女そのものだった。
小娘に他意がないことはわかっているが、くるくる調子が変わる彼女に、時に僕は戸惑いを隠せない。

「武市さん、見て下さい!」

そんなことなど露程も知らぬ彼女は、弾んだ声で障子を指し示す。
彼女の指す方に顔を向けると、寒風に乗って小雪が部屋に舞い込んできた。

「…雪か。道理で冷えるはずだな」
「はい。今朝は寒くて早く目が覚めちゃいました。…でも、二十四日に雪が降るなんて素敵です!」

そう言って目を輝かせる小娘を見て、僕は昨日彼女と交わした約束を思い返した。

「あの…武市さん。明日もずっとお忙しいですか…?」

小娘は僕の書案に湯飲みを置くと、盆を胸に抱きながらおずおずと尋ねた。

「そうだな…。明日は長州藩邸に行かなくてはならないから、ゆっくり出来そうにないな」
「…そうですか…」

少し思案した後そう答えると、忽ち彼女の顔が暗くなり心が痛む。
ここ数日、仕事が立て込んでいるせいで、小娘と二人で過ごす時間がめっきり無くなってしまった。
口には出さないものの、彼女にはさぞかし寂しい思いをさせてしまっていることだろう。

「小娘、」

名を呼ぶと、彼女ははっとした様子で僕を見上げる。
僕を気遣って無理に笑顔を作っている小娘を見ると、遣るせない気持ちが募った。

「明日の夜は、二人で過ごそうか」
「え?」
「…その代わり、」

僕は彼女の耳許に唇を近付け、何時もより低い声で囁いた。

「えっ…そ、そんなっ!」

動揺する小娘を軽く抱き寄せ、僕はその瞳に視線を合わせた。

「…嫌?」

彼女は俯き、暫く無言のままだった。
真っ赤に染まった両耳は、彼女の心境を表しているように思えた。

「わ、わかりました…」

小娘は恥じらいながら承知すると、観念したように僕に身を預ける。
彼女をきつく抱き締めた僕は、喜びに満ち溢れながら独り言を口にした。

「…今夜が待ち遠しいな」


「―武市さん、お気を付けて下さいね」

心配そうな表情を浮かべる小娘の頭を撫で、僕は玄関を下りた。

「それにしても、今日は何かあるのかい?」
「ふふっそれは夜になってからのお楽しみです!」

意味深長な顔つきでそう告げる彼女は、手を振って僕を送り出した。

雪は昨晩から降り始めていたようで、今や京の街をすっかり覆い尽くしていた。
身を切るような寒さに歩みを速めていると、ふと僕はある店の前で足を止めた。

(…小娘によく似合いそうだ)

雪を見てあんなにはしゃいでいた彼女のことだ。
きっとこれは役に立つだろう。
僕は目に留まったそれを購求し、長州藩邸へと急いだ。

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