横恋慕(1)


噂の小娘は、思いの外普通の女だった。
確かに可愛い顔をしているが、傾城の美姫と呼ぶにはまだ幼い。かと言って、言葉の端々を聞いていると、特別学問に長けているようにも見えない。
―なるほど、ますます興味深い女だ。

「あの…どうかしましたか?」
「いや、すまない。ところで、君は?見たところ、ここの中居ではないようだが」
「はい、訳あってこちらのお世話になっているんです。宿泊の方ですか?それとも、どなたかに御用でしょうか?」
「武市に用があってね。乾退助が来たと呼んで貰えるかい」
「乾さん…?あれ、今日は土佐藩邸でお会いする約束だったんじゃ…?」

女が小首を傾げる。
ここまでは、予想通りの展開だ。

「ああ。予定が変わったんだが、上手く伝わっていなかったようだね。まぁ、火急の用件でもなし、中で待たせて貰っても良いかな」
「は、はい。どうぞ、こちらです」

素直な性根なのだろう。
申し訳なさそうに頭を下げると、彼女は疑う素振りもなく俺を中へと招き入れた。

「すみません、ちょうどさっき出てしまったばかりなので…。すぐにはお戻りにならないと思います」
「いや、君が気にすることはないよ。…しかし、武市が戻るまで暇だな。お嬢さん、話し相手になってくれないか?」
「わ、わたし、ですか?」

広間の美しい庭景色を背景にした女は、明らかに困惑していた。恐らく、武市から嫌というほど言い含められているのだろう。
乾には近付くな、と。

「君のことは聞いているよ。大層可愛いお嬢さんだと聞いていたが、噂以上だ」

桜貝を思わせる小さな爪に、滑らかな白い肌。
引き寄せた手は、まるで血の通った人形のようだった。この美しい手を、あの男は日々飽くことなく愛でているのだろうか。

「でも私、お仕事がまだ残っていて…」
「客をもてなすのも大切な仕事だよ。何、君と少し話がしたいんだ。君も、武市の幼い頃の話を聞きたくないかい?」
「!」

思った通り、この話題は彼女の興味をそそったようだ。可愛い困り顔から一転、戸惑いが徐々に消えていくのが分かる。実に心に従順な娘だ。

「さ、茶菓子でも食べながら話そう。評判の団子を買ってきたんだ」

彼女が甘味好きだということも、以前からこの団子屋の前で足を止めていたことも知っている。みたらしと餡子がたっぷりと乗った団子を見た彼女は、案の定嬉しそうに声を弾ませた。

「あ!ここのお団子、武市さんが好きなお店なんです。餡子がすごくおいしいって」
「そうかい。それは買ってきた甲斐があるというものだ」
「あの…武市さんの分も取っておいて良いですか?」
「ああ、勿論だよ」

俺の土産を愛しい彼女から渡されたとき、一体武市はどんな顔をするのだろう。考えただけで見ものだ。

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