中宵詮議(1)


枕許の行灯が消えた瞬間、どちらともなく会話が途切れる。
突然暗闇と化した室内で、私はお喋りに夢中になる余り、油を足すことをすっかり忘れていたことに気が付いた。

「ご、ごめんなさい。私、油を持って来ますね」

幸い、まだ廊下の灯りは切れていないらしく、薄っすらと障子に光が透けていた。けれど、それを頼りに立ち上がろうとした途端、彼の手が私の腕を掴む気配がした。

「半平太さん...?」
「油は明日でいい」
「でも...」
「もう少しだけ、小娘の声を聞いていたいんだ。話の続きを聞かせて欲しい」

さり気なく絡められた長い指に、顔が瞬く間に熱くなる。
甲に優しく食い込むその指を振り払えるはずもなく、私は再びその場に腰を下ろした。

「お仕事...大変そうですね」
「ああ、時期に落ち着く見通しは立っているんだが...。...寂しい思いをさせてすまない」
「私は...こうして半平太さんが無事に帰ってきてくれれば幸せです。それより、貴方の身体の方が心配です」

大政奉還が叶い、時が明治になっても、半平太さんを始め皆の忙しさが変わることはなかった。こうして半平太さんとふたりきりで暮らすようになった今も、彼がこの家に帰ってきたことは数えるほどしかない。

「今日ね、お昼に慎ちゃんと以蔵が来てくれたんですよ。でも相変わらず小魚と人参を食べる食べないで喧嘩になってしまって…」
「またか。全く仕様がないな」
「『喧嘩するほど仲がいい』ってあのふたりのことみたいですね。そしたら、今度は乾さんが見えて」
「…乾が?」
「あっ...で、でも慎ちゃんと以蔵も一緒ですよ。また、冗談が絶好調で...少し困っちゃいました」

つい喋り過ぎてしまったことを後悔し、私は作り笑いをしてその場を取り繕う。

「そう、か。どんな冗談を言っていたんだい?」

心なしか、繋がれた手に力が籠ったような気がした。
再び会話が途切れ、室内には私達の息遣いしか聞こえなくなる。

「そ、それは...」
「構わない。言ったことをそのまま教えてくれればいい」
「.......。『武市に飽きたらいつでも俺のところにおいで』とか『もうどこまで関係を持ったんだ』とか...です」
「...!」
「あ、あまり遅いと明日に差し障ります。今日はもう寝ましょう?」

怒気を帯びた空気に耐えられず、私は隣に敷いていた自分の布団に逃げようとした。

「...待って」

不意に布団から身体を起こした半平太さんは、楽しそうな声色でささめく。

「君が眠る布団はこっちだろう?」
「え?」
「おいで。まだ聞きたいことがある」

耳許に吐息が掛かり、思わず身体が硬直する。そんな反応も彼にはお見通しなのか、半平太さんは私をゆっくりと引き寄せた。

「で、でも早く寝ないと...」
「早く寝られるか遅くなるかは...小娘次第だ。遅くなって明日の会合に遅れたら、小娘のせいだね」
「そんな!そんなの狡いです」
「うん?知ってるよ」

捲れたお布団から風が起こり、私の身体はあっという間に彼に囚われる。背中と腰に回された腕で自由を奪われ、全身が半平太さんとぴったり密着してしまう。

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