clap(9月28日〜5月27日)
柔らかな陽射しに透ける長い睫毛と綺麗な輪郭を描いた唇は、整った彼の顔立ちを一層際立たせていた。何度見ても慣れることのないその寝顔は、今日も私の心拍数を速める一方で―。
(やっぱり…綺麗だなぁ)
朝起きたときに、大好きな人が隣にいる幸せ。始めは恥ずかしくてほとんど眠れなかったのに、今ではこの温もりが堪らなく愛しい。
(まだ寝てる…よね)
目覚まし時計がある訳じゃないのに、何故かいつも決まった時間に目が覚めてしまう。それは無意識のうちに、無防備なこの姿を見るのが楽しみになっているからかもしれない。
大政奉還を間近に控えた今、半平太さんは朝早くから夜遅くまでずっとお仕事に掛かりきり。でも、それが寂しくないのは、彼が短い合間を縫って私との時間を作ってくれているから。
(でも…今日くらいはゆっくりして下さいね…?)
顔に落ちた髪を掬い、気付かれないようにそっと頬に手を滑らせる。所々に当たる骨に指を沿わせていると、綺麗な顔をしていてもやっぱり半平太さんは男の人なんだと実感する。
(こんなこと言ったら、また叱られちゃうかも…)
「男は綺麗だと言われても嬉しくない」と口を尖らせ、頬を赤くしていた彼を思い出し、ついくすっと笑みが溢れる。そんなことを知らない半平太さんは、まだ瞼を上下に付けたままだった。
(半平太さん…)
お布団から上体を起こし、穏やかな寝息を立てる彼をそっと見下ろす。
半平太さんは疲れているんだから、起こしちゃ駄目なのに。そんなことは分かっているのに、どうして私は―。
(少しだけなら…良いよ…ね…?)
キスだけなら―。
心の中で言い訳をしながら、私はゆっくりと顔を下ろす。けれど、唇が触れるよりも先に、温かい大きな手が頬を包み込んだ。
「…琴……」
その唇が告げる知らない女性の名前は、まるでインクを溢したように私の心を黒く染めていく。それとは裏腹に、彼の口許は優しい弧を描いていた。
本当は、起きた貴方に伝えたい言葉があったのに。
だけど今の私には、言葉を交わすどころか、どんな顔をして会ったら良いのかさえ分からなかった。
(…嘘、吐いちゃった…)
半平太さんは、今日はずっと一緒にいたいと言ってくれていた。だけど私は、頼まれてもいない仕事を理由にして、こうして一人でお庭の掃除をしている。
「あ、姉さん、見つけたッス!」
「慎ちゃん」
箒を持ったまま、灰色の雲に覆われた空を眺めていると、縁側から明るい声が聞こえてくる。手にしていたお盆を置き、その場に座り込んだ慎ちゃんは、私においでおいでと合図する。
「お疲れさまです。お茶を淹れてきましたから、少し休みませんか」
「うん、ありがとう慎ちゃん」
屈託無い笑みを浮かべる慎ちゃんを見ていると、曇っていた心がぽっと温かくなる。彼の隣に腰掛けた私は、桜色の湯呑みに口を付けた。
「武市さんと喧嘩でもしたんですか」
「え…?」
「姉さん、今日をずっと楽しみにしてたでしょう?なのに、朝から武市さんを避けてるみたいですから」